2017年08月18日

【会派視察報告:後編】宿泊してもらうにはどうするか〜小樽市〜

IMG_3248.JPG※写真は出抜小路展望台から望む運河と倉庫群
 視察3日目は、小樽市を訪問し、観光基本計画についてお話を伺った。
 同じような課題を抱えてきたまちの先進事例として、効果のあった取り組み・なかった取り組み、創意工夫などを学ぼうというのが狙いだ。本市に読み替えて活かしやすいはずだからだ。
 なお、横須賀市の観光のあり方については、過去記事「横須賀市はB級観光地から脱却せよ 〜サンセバスチャンを参考に〜」でも取り上げている。よろしければご覧頂きたい。

小樽市の概観
 小樽市は、北海道の首府・札幌の海の玄関として栄えた。かつては札幌より大きなまちだったが、1964年の人口約21万人をピークに衰退し、現在では人口約12万人。
 一方、横須賀市は日本の産業革命の中心地として興り、その後は軍都として栄えた。日本のマザー工場・横須賀製鉄所の開設当初は横浜よりも大きなまちだったが、1992年の約44万人をピークに衰退。2013年には人口減少ワースト1位にもなり、現在は人口約40万人。
 いずれも、かつての主力産業の衰退と人口減少に見舞われてきた港湾都市という共通点がある。

 ただし、かつて「斜陽都市」と呼ばれた小樽市は衰退時期が早かったこともあり、早くから観光へと舵を切った。運河散策路とガス灯を整備した1986年を「観光元年」と位置づけ、現在では年間791万人(2016年度)が訪れる観光都市となっている。一方の横須賀市も、実は872万人(2015年度)で、ほぼ同水準。意外に思われるかもしれないが、横須賀市も健闘している。
 とはいえ、本市の場合は出張などのビジネストリップも多いだろう。また、まちの規模も違う。人口1人当たりの観光客数は、小樽市が約66人で横須賀市が約22人。つまり、人口規模でならせば小樽市は横須賀市の3倍のお客さんを呼び込んでいるとも言える。

 ところで、これまで私は小樽に対して別にいいイメージも悪いイメージもなく、いわば関心を持つ必要がないまちだった。だが、小樽のイメージは非常に良いそうだ。地域ブランド調査2016でも、函館・京都・札幌に次ぐ4位で、5位以下の横浜・富良野・鎌倉・金沢・神戸よりも上位だ。小樽以外はうなづける順位だが、小樽については全くそんな認識を持っていなかったので意外だった。TVなどでよく取り上げられているのだろうか? 私が他人と行動様式が大きく異なるのはTVを観ないことぐらいなので、TVをまず疑ってしまう。ちなみに、同ランキングで横須賀市は51位で、例年その辺りだ。
 この小樽の主要な観光資源は、食と景観だ。北一ガラスという一帯にある、運河と倉庫群などの歴史的建造物が人気であり、豊富な海産物を背景とした寿司のまちとしても知られるようだ。最近では、小樽のイメージの良さを狙って小樽で創業したLeTAO(小樽の逆読み)という洋菓子チェーンの売上も良いらしい。

 より立体的に小樽を理解するために、関東に無理矢理に引き付けてたとえれば、東京に対する横浜みたいな感じだろうか。日帰り観光にちょうど良いまち。
 大都市圏の札幌市から電車で30分の港町であり、海なし札幌から最も近い海だ。中をリノベーションされた古い倉庫群は、横浜の赤レンガに相当するだろう。「ちょっと中華街でおいしいものを」という感覚で、「ちょっと小樽でおいしい寿司を」食べに行ける。ついでに小洒落た店が建ち並ぶ北一ガラス地区で買い物をする感覚は、横浜の元町が近いだろうか。横浜のように、湾内クルーズ船にも乗ることができる。
 ただし、規模感は全然違う。横浜市は373万人都市。対する小樽市は12万人都市。

泊まってもらえないまち、小樽市と横須賀市
 このせいもあり、宿泊需要は全然違う。
 小樽に旅行に行くとして、小樽に泊まるだろうか? 札幌まで電車で30分である。飲み歩くにしろ、音楽ライヴや観劇にしろ、ナイトライフの充実度は比較にならない。札幌を選ぶ人が多いだろう。
 この点、先ほどたとえに用いた横浜市はまるで違う。日本最大の人口373万人を背景とした文化風俗の集積がある。ナイトライフの充実ぶりは東京に負けず劣らない。野毛で飲み歩くも良し、ジャズの生演奏や観劇もあり、夜景が自慢の横浜港をナイトクルーズしてもいい。また、神奈川県の県都として、ビジネストリップも多い。

 観光において、宿泊は非常に重要な要素だ。なにしろ、落とすお金がヒトケタ変わってくるのである。神奈川県観光客消費動向等調査によると、三浦半島(鎌倉地区以外)の宿泊客平均消費単価が22,007円であるのに対し、日帰り客平均消費単価は4,190円だという。実に5倍以上の開きだ。
 さらに横須賀市統計書の、「(124)延べ観光客数および消費額(推計)」2015年度の数字を見てみよう。横須賀市内の延宿泊客数は34万人で、日帰り客数は849万人だ。つまり、宿泊客数は観光客全体の4%に満たない。
 しかし、これを金額で見ると違う景色が見える。観光客宿泊費が約27億円、飲食費が13億円、その他消費額が8億円。割合で見ると、観光客消費額の全体48億円の56%が宿泊費であり、飲食費が27%、その他消費額が17%となる。滞在時間に応じて落とすお金は増えると言われており、宿泊客は飲食費やその他消費額の何割かも消費している。宿泊客1人あたりの宿泊額は7937円。これを神奈川県調査の22,007円と比べれば、宿泊以外の消費もある程度は類推できる。つまり、全体の4%に過ぎない宿泊客が、金額では7〜8割のお金を落としていると想定される。

 日本有数の日帰り観光地・鎌倉市は年間約2300万人を集める。だが、いかんせん首都圏からも横浜からも近く、泊まってもらえない。そもそも宿泊施設も少ない。そうすると、住民にとって観光客の存在は、メリット少なくデメリットばかりの「観光公害」でしかなくなる。生活の足となる江ノ電には乗れなくなり、道路にハミ出して邪魔だし、海岸では酔って騒ぎ殺傷事件を起こす輩まで出た。
 そのあたりは、もはやカネの問題ではない。一方で、産業としては金も問題である。
 そして、我が横須賀市も、横浜市に宿泊需要を吸い上げられているほか、そもそも宿泊ニーズを創出できていない。
IMG_3244.JPG※写真は、夜の運河と倉庫群

 さて、小樽市の宿泊客の状況はどうか?
 年間約791万人の観光入込客数のうち、宿泊客は約74万人で、全体の9%となる。つまり、横須賀市の2倍の水準で、泊まってもらえているということだ。「北海道全体が中国・韓国からの観光客が多いから、その分、横須賀よりも恵まれてるんじゃないの?」などと思ったのだが、そんなことではない。宿泊客74万人のうち、外国人は19万人に過ぎないという。つまり、大半は国内の方々だ。市内には約50宿泊施設に4,200室程度の容量があるという。
 ちなみに、北海道内から512万人(65%)、県外(道外)から279万人(35%)とのこと。まだまだ伸びしろはありそうだ。

小樽市の観光の打ち手
 そんな、魅力的なイメージづくりに成功し、横須賀の2倍以上の宿泊客を集める小樽市が、具体的にどんな取組をしているのか? 伺ったもののうち印象的だったものを紹介したい。

●小樽雪あかりの路
 運河散策路と倉庫群、そして運河の水上にまで、ロウソクの灯りを燈す企画。フォトジェニックで、行きたくなる。何よりも、夜しか見られないことも重要な点ではないかと個人的には思った。つまり、宿泊しないとゆっくり楽しめないわけだ。

●小樽運河クルーズ
 2012年より運航開始し、人気が高まっているという。特に、観光協会のポスターでも夜景を見る運河クルーズの写真をイチオシで使っていた。これも、先に述べた論理で、宿泊につながる。戦術としては正しいのではないか。

●小樽ショートフィルムセッション
 とりわけ海外での小樽のイメージ向上に大いに貢献したのが、小樽を舞台にした1995年の映画「Love Letter」だったという。これを受けてか、小樽を舞台に短編映画を製作してもらう企画。映画は、イメージ向上に役立つツールなのかもしれない。
IMG_3246.JPG
●「ユニーク・ヴェニュー」の開発
 ユニーク・ヴェニューとは、美術館でのバーティや、歴史的建造物等でのレセプションなど、特別な場所でのイベントを指す。小樽市では、旧銀行の洋館やニシン御殿で知られる豪商の元邸宅などで実績があるとのこと。とりわけ、企業などに人気があるという。そういえば、知人がルーブル美術館かどこかで学会のレセプションがあったときのことを嬉々として語っていたが、付加価値が高く単価も取れるだろう。
※写真は、旧日銀の金融資料館。このテの歴史的建造物がゴロゴロある。関東大震災と開発圧力で多くを失った横須賀市との大きな違い。

●小樽kawaiiティーパーティー
 元パンクロッカーの私にとって、どちらかというと苦手な耽美系・グラム系・ゴスロリ系の企画。ところが、集客や宣伝効果という面では馬鹿にできない効果があるとのこと。
image2.JPG
●6か国語展開の観光地図
 普通のまちの感覚であれば、日本語の他に、来訪者の多い中国語と、外国人一般用で英語、この3か国語ぐらいを用意するだろう。しかし、小樽では中国大陸系の簡体字、台湾系の繁体字、韓国語、英語に加え、タイ語でも展開。かつて、バスクのサンセバスチャンに行った時、日本語のガイドブックが用意されていて驚いたが、やはりうれしいものだ。ちなみに、小樽のインバウンド元は、中国、韓国、香港、台湾、タイ、シンガポール、マレーシア、米国……といった順らしい。なるほど。

 以上で、小樽市の視察報告を終える。

 横須賀市に、何を採り入れるべきか? 何を活かすべきか? それは今後、会派や議会の中で、また「よこすか未来会議」などの中で議論して考えていくことになるため、この視察報告の中で限定はしない。ただし、今回も非常に得るものの多い視察だった。以上で、今回の会派視察報告を終える。
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2017年08月17日

【会派視察報告:中編】比べれば横須賀市の病理が見える学童クラブ〜苫小牧市〜

 視察2日目は、苫小牧市を訪問し、学童クラブについてお話を伺った。

 この学童クラブのあり方については、すでに大田区鹿児島市、横浜市に伺って本市と比較をしている。
 ただし、どこと比べても、何度考えても、結論は同じだ。
 ハッキリ言って横須賀市は、異常である。

「子どもが主役になれるまち」の不都合な真実
 異常だと言うのは、大きく2点ある。
(1)保育料が高すぎる
(2)行政が関与しなさすぎる

 そして、この異常さは、同じ根っこから出ている。つまり、「子どもを第一に考えない」ことである。子どもの安全よりも……
●市の歳出抑制を優先する。
●子どもを遠くまで歩かせ、教師らの「教室は使わせないぞ」エゴを優先する。
●既存事業者への影響が出ないことを優先する。
●学力向上という、政治家や教師が評価されやすい「成果」を優先する。

 つまり、子どもは二の次なのだ。こんなことだから、「子どもが主役になれるまち」とかいうキラーフレーズなるものが欺瞞だと見透かされて出生数が増えないのだ。
 子どもを第一に考えるならば、カネならなんとかやりくりすればいいはずだ。
 「学校は教師のものじゃない。子どもたちのための施設だぞ」と押し切れるはずだ。
 事業者も営利で始めたわけではないので、子どものための選択は受け入れるはずだ。
 そして、大人の都合で成績を上げさせることよりも、豊かな感受性を育むために様々な体験の機会を提供することのほうが大事なはずだ。

苫小牧と比べてわかる横須賀市の異常さ

 苫小牧市ではどうなっているのか?

●24小学校のうち、2校を除く22校に35クラブを公設で展開している。うち1クラブが民営であり、その他は公営である。その他、民設民営の2クラブが市内にはある。横須賀市は全て民設民営である。

●公設35クラブのうち、23クラブが学校内、8クラブが学校敷地内の別棟。4クラブのみ学校外の児童センター内となっている。とはいっても、横須賀市のように1km近く歩かせるなどということはない。

●利用料金は、これまで視察してきた中で最低の月額2,500円。他におやつ代が1,000円かかるが、それでも本市の17,000円前後から比べれば圧倒的に安い。受益者負担割合は1/8程度だという。なお、生活保護や就学援助世帯は無料となる。

●苫小牧市の小学生約8,800名のうち、1,285名が利用する。利用率約15%である。高学年になるほど利用しないため、本当に必要な低学年の利用率はもっと高いだろう。若干の待機児童は発生するようだが、例年1〜2か月で定員を増やして解消させてており、基本的にはニーズに見合った利用者数だと言えそうだ。
 一方、横須賀市は小学生約17,000名のうち1,555人しか利用せず、利用率7.5%だ。失礼な言い方だが、横須賀市よりものんびりした田舎の街で2倍の利用率などということは、ありえない。横須賀市は少なくとも今の3倍、20%程度のニーズがあるだろう。つまり、横須賀市では高すぎる保育料のために預けられない人がそれだけ多いということを意味している。

●学童クラブ1か所あたり平均で年間850万円弱を投入している。この額の92%が人件費とのことで、1施設あたり基本的に3名(一部2名のところもある)の嘱託職員を配置とのことであり、ならすと年収290万円前後ではないかとのこと。決していい待遇ではない。しかし、本市が1施設あたり平均で年間480万円の補助(2014年度の数字で、現在ではもっと増えているハズ)をしていることから比べれば、全体の額はそんなに多いわけではない。カネをケチって、保育料が高く、利用率が苫小牧の半分、というのは経営の観点から見れば失敗と言っていいだろう。

●保育時間は18:30まで。それ以降の延長はない。横須賀市に比べると職住隣接の市民が多いようで、アンケート調査によればこの保育時間でほとんど問題ないようだ。

何度も言う。横須賀市は公設公営で学童クラブを整備せよ
 以上を受けての、横須賀市への提言は従来とあまり変わらない。「横須賀市は公設公営で学童クラブを整備すべきだ」ということだ。

 苫小牧市で明らかになったのは、「今や公設公営は安い」という事実だ。あまりいいことではないが、低待遇でも行政特有の安心感があって、公営なら人を集めやすい。そうすると、下手に民間委託をするよりも安くなるケースも多い、という学識者の説もうなづける。
 苫小牧市でも人材確保には苦慮しているようだが、全員に「保育士/社会福祉士/教諭資格保持者/児童福祉事業2年以上従事のいずれか」という高い条件を課しているためもあろう。有資格者を、各学童クラブに3名ではなく1名ずつの配置とし、その他2名は資格を問わないようにして有資格者の待遇を高くすれば、本市でも同水準の費用で公設公営で展開できるのではないか。

 なおかつ、本市の場合は延長18:30ではニーズに応えられない。おそらく19:30までの保育を必要とする家庭も少なくないだろう。そうすると、時間帯を3段階に分ける必要があるのではないか。
●〜17:00 無料+おやつ1,000円の全児童対策
●〜18:30 月額5,000円+おやつ1,000円の学童保育
●〜19:30 延長料金月額+3,000円の延長保育
 この3段階の料金体系で、学校内で横浜型の全児童&学童保育を複合した放課後児童クラブを展開することが、子どもを第一に考えた手法なのではないかと考える。

 もちろん、「子どもを第一に考えるなら、親はもっと早く帰って子どもと向き合わなきゃダメ」という声もあるだろう。その主張は正しすぎるぐらい正しい。だが、現実の前には無力だ。現実として目の前で起こっていることは、低所得の家庭の子どもほど学童クラブに預けられずに、保護のないままリスクの高い放課後の時間を過ごしているという事実だ。理想論では解消できない問題が現実社会では起こっている以上、まずは目の前の子どものためによりよい環境を提供することが政策決定者の務めだと考える。

 以上で、苫小牧市の視察報告を終える。
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2017年08月16日

【会派視察報告:前編】ティボディエ邸は再建すべきか?〜日本製鋼所室蘭〜

北海道文化資源データベースより引用.jpg写真:瑞泉閣の外観(北海道文化資源データベースより引用)
 7/11〜13の3日間の日程で、会派視察に行ってきた。
 ところで、なぜ、会派視察をするのか?

 我々、会派研政は、毎年「政策提言」(旧・予算要望)を作成し、市役所に提言をしている。これを作り上げるにあたっては、PDCAサイクルをまわしている。思いつきで作って、出したらハイ終わり、ではない。視察は、これに必要なのだ。
1)各議員で市民の声を聴く
   ↓
2)市民要望に応える政策を立案する
   ↓
3)先進事例・他市事例や研修会聴講などで下調べする
   ↓
4)会派内で議論して政策を練り上げる
   ↓
5)「政策提言」案を作成する
   ↓
6)「市民と議員のよこすか未来会議」で案への意見を聴く
   ↓
7)会派内で議論して修正する
   ↓
8)「政策提言」完成版を市に提出する
   ↓
9)「政策提言」の実現に向け、議会質問で引き出す
   ↓
10)年度が終わって、政策の実現状況を評価する
   ↓
11)「市民と議員のよこすか未来会議」で進捗を報告する
   ↓
12)最初に戻る

 ざっと、このような過程で仕事している。この3)の一環として会派視察を行っている。


 さて今回は、室蘭の瑞泉閣(日本製鋼所内)、苫小牧の学童クラブ、小樽の観光について視察に訪れた。
 まず、初日7/11の瑞泉閣について。

 室蘭といえば、横須賀と同じく「基地」が先にでき、そこにまちが栄えた所だ。かつて世界の4大民間兵器工場と言われた日本製鋼所である。
 正確に言えば、いずれも出自は「基地」ではなく、工場である。横須賀も「横須賀製鉄所」として拓かれた。しかし、いずれにしても軍需・国策の色彩は濃い。
 そんな日本製鋼所であるから、大正天皇が皇太子時代にいらっしゃったことがある。その際、1911年に日本製鋼所が建てた建物が瑞泉閣だ。
 横須賀市と同じような背景を持つまちの歴史的建造物の保存・活用の一例。そんな意図で瑞泉閣を視察した。とりわけ主眼に置いていたのは、ティボディエ邸の再建のあり方の参考とすることだ。ティボディエ邸については、横須賀市の最高意思決定機関である議会が、再建することを決定している(2012年12月の請願採択、加えて2014年12月の特別委員会最終報告)。

 結論から言えば、ティボディエ邸と瑞泉閣は全く違った。「じゃあ、参考にならなかったのか?」といえば、見て会派内で議論する中で多いに参考になった。

視察による気づき
 瑞泉閣の視察によって得られた視点は次の通りだ。
●「当時のまま」の価値の差
 瑞泉閣は、約100年前の建設当時からの本物が現存している。ゆえに価値が高い。一方、ティボディエ邸は米軍による改変に次ぐ改変が加えられ、当時のままの部材は柱ほか一部しか残っていない。なおかつ、元々建っていた場所が米軍に今なお「占領」されているため、他のどこに建てようが意義も納得感も薄い。
●財源的な裏付けの差
 瑞泉閣には「パトロン」がいる。日本製鋼所が、一般公開もほとんどせずに、海外からの来客などをもてなす場所として今なお活用している。そのため、落書きやいたずらなどもほぼなく、逐次修繕が行われ、保存状態もいい。所有者が一貫して代わらなかったことが幸いした。一方、ティボディエ邸の「パトロン」になり得るのは横須賀市だけだろう。しかも、保存状態も悪く、すでに価値は毀損してしまっている。そのため、観光集客などの付加価値の高い活用は見込めない。持ち出しばかりの多い「パトロン」となるだろう。
●付随する物語性の差
 瑞泉閣よりも、ティボディエ邸のほうが、建物としての純粋な価値はおそらく高かったであろう。しかし、その価値は改変により既に失われた。加えて言うならば、物語性(ストーリー・リッチ度)で見たときの価値も劣る。瑞泉閣には、後の大正天皇が滞在され、昭和天皇も訪問。明治の元勲クラスや数々の海軍高級将官らも足を運んでおり、その遺品も残っている。一方、ティボディエ邸に住んでいたのは、横須賀製鉄所の長官だったヴェルニーではなく、副官のティボディエである。歴史に足跡を残した高官らも足を運んだのかもしれないが、その足跡は知られていない。唯一、富岡製糸場と建築様式が共通するという物語はある。ただし、富岡製糸場のモデルとなったオリジナルである製綱所も横須賀製鉄所にあったとはいえ、ティボディエ邸のほうが富岡製糸場より若干古いとはいえ、富岡製糸場が現存している以上、ティボディエ邸を忠実に復元したところで優位性はない。

本市に活かせる洞察
 上記を踏まえた、横須賀市に還元可能な洞察は次の通りだ。
●ティボディエ邸は部分復元すべき
 そうは言っても、過去の経緯と議会の意向(市民の意向)を踏まえれば、再建しないわけにはいかない。そして、検討委員会が示したように、再建方法にはいくつかある。

・A案 文化財として極力完全な復元
 (保存部材を最大限活用し、内部・外部とも忠実に復元、費用約 3.3 億円)
・B案 一部復元・資料館として利用
 (保存部材を最大限活用し、外部は忠実に復元、内部は一部の復元、費用約 2.9 億円)
C案 資料館として復元
 (保存部材を一部使用し、現代工法で模造復元、費用約 1.1 億円)

 このうち、A案はコストがかかる。B案は中途半端だ。では、C案だろうか? いや。C案のように、全体を復元する必要が果たしてあるのだろうか? 富岡製糸場と同じオリジナルを元にした建築で、なおかつ、もっと古いことが視覚的にきちんと伝えられれば用は足りるのだ。
 ついては、D案を提案したい。博物館の更新時に歴史資料館を建設し、その展示の一部としてティボディエ邸を組み込むのが良いのではないか。それまでは、部材は引き続き保管すればいいだろう。

●ドライドックこそ価値がある
 富岡製糸場と同様に、というよりそれ以上の歴史を持って、動態保存されて現存する歴史的建造物が本市にはある。ドライドック群だ。
 とりわけ、米軍に「占領」された基地内となってしまっている1〜3号ドックは、日本の近代化の鍬入れの地である。近代日本はここから始まったのだ。
 しかも、現在、米軍による1〜3号ドックの使用頻度は低いという。大型艦船が入る4〜6号ドックが中心であり、1〜3号は今ではもっぱら海上自衛隊の小さめの艦船の修理のみだという。
 これを一般向けに展示すべきだ。
 観覧者がドック以外の場所に立ち入らない設備と、ドックに落ちない柵などのコース整備。これさえできれば、返還にはこだわるべきではない。1〜3号ドックの所管が国であろうが、市に移ろうが、米軍に「占領」されたままだろうが、当面は問わない。そういった建前よりも、一般公開という実利を、まずは重視すべきだ。
 他にも、浦賀には世界に4ヶ所しか現存していないと言われるレンガ積みドライドックの浦賀ドックに加え、川間ドックが現存しており、これも価値が高い。ただし、民間企業の所有となってしまっており、公開するもしないも、先方の胸先三寸である。
 一方、横須賀の1〜3号ドックは、施設管理権こそ米軍にあるが、所有はあくまでも国のはずでである。交渉による打開の可能性は大いにあり得る。
 議長や市長による交渉ができないものか、今後、探ってみたい。
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 なお、写真は、日本製鋼所内の赤レンガ倉庫。現役で使用しているという。
 以上で、瑞泉閣の視察報告を終える。
posted by 小林のぶゆき at 15:23| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月15日

「敗戦」記念日に。〜横須賀市民は核廃絶を宣言していた〜

 72年前の今日、日本は敗戦した。
 多くの人が忘れているが、この国は敗戦国である。現在も敗戦の名残を引きずり、国連軍を名目とした米軍の統制下にある。しかも、米国が宗主国なのではなく、国ではない米軍に統制されていることを改めて思い起こし、本当の意味での「美しい国」「日本を取り戻す」決意を新たにしたい。

 さて、先日の記事で、横須賀市議会が「核兵器廃絶に関する決議」を出していたことにふれた。
 ところで、よく「横須賀市は平和都市宣言をしている」「市長がようやく平和首長会議に加盟した」ということが言われるが、これはあくまでも役所のトップにしか過ぎない市長がやったことであり、正確には横須賀市民を代表するものではない。しかも、市長が勝手にこのようなものを出すわけにはいかない。

●1984年9月10日 横須賀市議会が「核兵器廃絶に関する決議」を全会一致で議決
 (自民党 竹折輝隆市議が提案者)
●1989年5月23日 「核兵器廃絶・平和都市宣言」を市長(横山和夫時代)名で宣言
●2016年5月 市長(吉田雄人時代)が平和首長会議に加盟

 その意味で、議会の決議には違う重みがある。議会こそが、住民代表である。横須賀市民の意思を体現するのは議会である。主権者は市民であっても、主権を行使するのは代理人である議員の合議体である議会なのだ。その議会が、しかも全会一致で決議を出した。一人の棄権や反対もなかったことで、この決議は右から左まで主義主張を超え「市民の総意」と見なされるに足る正統性を持った。市長名で出された平和都市宣言も、その本文でこの議会の決議を受けて出されたものであることを明記しているのは、そうでなければ正統性が担保されないためだろう。

 さて、紹介したものの、本文を読んだことがなかったので、過去の議事録から引っ張り出してみた。市政にとって歴史的な文書だと思うのだが、ネット上では見つけられなかったため、敗戦記念日に際してここに共有する。これによって、戦没者の御霊に対して悲惨な戦争を繰り返さないことの誓いに代えたい。
核兵器廃絶に関する決議
 世界の恒久平和は、人類共通の念願である。しかるに、こんにち世界共通で武力戦争が絶え間なく続き、際限のない軍備拡大は核軍縮の増強をも招来し、人間が互いの生命を尊重し、愛し合う、いわゆる互恵の精神が喪失されつつあり、人類の生存に深刻な脅威を与えている。
 横須賀市は、常にわが国の国是である、「持たず、つくらず、持ちこませず」の非核三原則が厳正に遵守されることを願ってきたが、更に全ての核兵器の廃絶と軍備の縮小を全世界に強く訴え、人類全てが愛し合える世界の創造に寄与するため、ここに核兵器廃絶平和都市となることを決議する。
1984年9月10日 横須賀市議会
posted by 小林のぶゆき at 23:03| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月12日

9/3(日)BBQ@野比海岸のお誘い

bbq_couple.png 私の後援会や友人のみなさんを招いてバーベキューをやります。ご都合が合えば、どうぞお運びください。
●日 時:2017/9/3(日)11:00〜14:00ごろ
●場 所:野比海岸・志も町内会館裏(YRP野比駅徒歩7分)
●集 合:現地集合(11:05にYRP野比駅集合でご案内もします)
●会 費:1,000円(子ども100円)
●申込み:食材準備の都合上、コチラまで参加表明ください
●持ち物:特になし(シートは敷きますが、イスは全員分ないので持参歓迎)
※小雨決行。日よけ雨よけのタープ有。荒天時は小林家で食材消化パーティ

 例年の、後援会夏祭りのように大掛かりな感じではなく、私がホストで、色々おいしいものを焼いていきますので、海を眺めながら、のんびり語らって頂けたらと思います。

 BBQ料理と生ビールサーバーとお茶だけ用意しますので、他に食べたいものや飲みたいものは持参ください。
駅前の京急ストアでも飲み物など売ってます。
 キスとスズキとチヌ釣りのポイントらしいので食材現地調達も大歓迎です。ただし、過去に友人がキスを網に並べてくれたことがあって喜ばれましたが、クサフグはお断りしています(笑)

 あと、ギターとアンプと打楽器も置いておくので、歌い手さん歓迎です。
posted by 小林のぶゆき at 16:31| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

町村総会は、憲法違反?

index_logo.png  高知県大川村の町村総会への移行問題が、我々の業界では静かなブームとなっている。
 →「村議会を廃止、「町村総会」設置検討を開始」(毎日新聞2017年5月1日)

 ところで、同僚議員が「憲法で市町村には議会を置くことが決められているのに、地方自治法で町村総会を認めるのは、オカシイんじゃないの?」という鋭い問いを発して、「ホントだ。なぜなんだろう?」とずっと気になっていた。念のため原文を引用しておく。

日本国憲法
第九十三条 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
地方自治法
第八十九条  普通地方公共団体に議会を置く。
第九十四条  町村は、条例で、第八十九条の規定にかかわらず、議会を置かず、選挙権を有する者の総会を設けることができる。
第九十五条  前条の規定による町村総会に関しては、町村の議会に関する規定を準用する。


 今日、ふっと自分なりの答えが降ってきた。町村総会は憲法違反ではないのだ。
 論の立て方としては、2通りある。

(1)より民主度の高いものだから、憲法の意図を包含するため
 憲法の第八章・地方自治は、地方公共団体を住民の統治下に置くために設けられたと解することができる。この意図からすれば、代理人である議員を選んだうえでの間接民主主義より、有権者全員が参加できる直接民主主義のほうが、より正確に民意を反映できるし、議決の正統性が高い。つまり、民主度が高い。そうであれば、議会を置く場合よりもさらに、町村役場に住民がガバナンスを利かせることができる。これは、憲法の意図をより汲んでいるため、違反とは言えない。という解釈だ。

(2)町村総会も「議会」だから
 この論は乱暴だが、あえて論を立ててみる。
 地方自治法で「議会を置かず」と言っているのに、町村総会が「議会」なの? と言われると、確かに論理破綻しているとしか言いようがない。
 だが、「地方自治法九十四条に瑕疵がある」と見なして、「町村総会は全有権者が議員の議会である」と捉えれば、憲法と町村総会の間に矛盾はない。そう考えれば、地方自治法第九十五条で町村総会には議会に関する規定を準用するものとしているのもうなづける。

 以上、きちんと法律を学んだことがない私だし、今回は先行の研究や文献もあたってないが、書き出すことで整理ができて疑問は解消したので、このまま書き残しておきたい。
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2017年08月09日

8/9におもう、ナガサキと戦争犯罪

 72年前の今日、長崎に原爆が落とされ、7〜8万人の非戦闘員が殺された。3日前のヒロシマと合わせて20万人以上だ。

 8/6の投稿でも同じだが、「亡くなった」のではない。「殺された」のだ。そして、8/15は「終戦」記念日ではない。「敗戦」の日だ。
 8/6の投稿ではっきりとは書きそびれたが、言葉の遣い方には、意味があるからこだわっている。

 日本軍も非戦闘員を多数殺害した。それは、言い訳のしようがない。規律を守れない軍人や守れない場面などもあった。巻き込まれた市民もいた。

 しかし、米軍の所業はどうだろう?
 はじめから、軍人や軍事施設だけではなく、都市そのものを狙った。非戦闘員を殺戮する目的で、軍事行動をした。
 これは、戦争犯罪ではないのか?

 加えて言えば、ナチスと何が違うのか?
 ナチスによるホロコーストは、民族浄化であり、最悪の戦争犯罪だ。
 一方、米国はあくまで共産主義を食い止めるため原爆が必要だった、と主張する。しかし、白色人種が多い国に原爆を落とした場合、戦争犯罪は問われていたのではないか? 猪瀬直樹が『黒船の時代』で描いていたように、下敷きがあって黄色人種への偏見が拭い難くあったのではないか?

 日米同盟も必要だろう。友好国ではあるだろう。
 しかし、言うべきことは言うべきじゃないのか?
 米国は、戦争犯罪と言われたら不愉快だろう。しかし、過去の真実を突き付けて破綻するような信頼関係ならば、それまでの話ではないのか? その程度で、本当に対等の同盟関係が築けるのか?

 右も左も、戦後だらしがなかった。この国は、いつまで植民地であり続けるのか? 自国の戦争責任に向き合うのと同じ熱量で、他国の戦争責任も指弾すべきだ。

 無辜の市民が、大量殺戮(ジェノサイド)に遭った。しかし、加害者たる米国は謝罪一つしていないにもかかわらず、わが祖国は殺戮国と仲良くしている。それどころか、朝貢外交よろしく言いなりとなっている。このまま、戦争犯罪を曖昧にしてしまっては、ナガサキの人々も浮かばれないだろう。

 右も左も関係なく、歴史にきちんと向き合いながら、来週8月15日には、皆で「敗戦」を噛みしめたい。

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2017年08月06日

8/6におもう、ヒロシマとフクシマ

51TwPWAL++L._SX366_BO1,204,203,200_.jpg 72年前の今日、広島に原爆が落とされ、多くの国民が殺された。

 ちょうど、文化会館で中筋純『流転 The Silent Views 〜福島&チェルノブイリ〜』展が開催されているため、せっかくだから本日8/6に合わせて観に行ってきた。非常に見応えのある内容だった。明日16:00までなので、足を運ぶことをお勧めしたい。

 さて、そこでヒロシマとフクシマについて、思うことを書き連ねたい。
 改めて思うのは、「この国民は、忘れやすい国民だな」ということだ。

(1)ヒロシマについて
 我々が被爆国であることを、どれだけ認識しているのかと思う。7/8の「核兵器禁止条約」の交渉会議の話だ。

 日本国民は、核廃絶の意思を示している。2009年6月16日には衆議院で翌17日には参議院で、ほぼ同趣旨の「核兵器廃絶に向けた取り組みの強化を求める決議」を議決している。しかも、いずれも全会一致である。その後、否定する決議等はないはずだから、つまりこの内容は国民の総意であるはずだ。
 ちなみに、神奈川県民も1984年7月5日に神奈川県議会が「神奈川非核兵器県宣言」を議決しており、横須賀市民も同年9月10日に横須賀市議会が「核兵器廃絶に関する決議書」を全会一致で可決している。

 ところで、先日の「核兵器禁止条約」交渉会議での態度はどうか? 国連加盟国193か国のうち、122か国が採択したこの条約。だが、世界最大の被爆国である日本は会議を欠席したのだ。米国の「核の傘」に入っていることが理由と見られている。
 1945年の敗戦時、主権は国民にはなかった。だからこそ、戦争責任は直接は指導層にあり、その責任が問われ、国民の責任は問われなかった。ところで、現在は主権は国民にある。だからこそ、今回の会議を欠席したのは、国民の意志であると言える。この政府の態度は、国民の意思を本当に代表していると言えるだろうか?

 「核の傘」主義をとるならば、北朝鮮が「核の傘」を持とうとする姿勢を、日本が論理的に批判するには説得力が乏しい。こうした判断と行動をする政府を、主権者である我々は間接的に選択している。この国民にその自覚がどれだけあるだろうか?

(2)フクシマについて
 中筋純さんの写真展で最も印象的だったのは、帰還困難区域の双葉町と都会の渋谷を並べて比較した写真だ。
 「忘れゆくまち」としての大消費地
 「忘れられゆくまち」としての被曝地
 改めて、考えさせられた。

 原発を推進したのは、誰か?
 「正力松太郎が……」とか「田中角栄が……」とか、キーマンは何人もいただろう。裏には「宗主国」である米国の意向もあったかもしれない。しかし、いずれにしても、戦後の話である。日本国憲法が公布され、国民主権になった後の話だ。
 つまり、原発を日本全国に54基もつくったのは、主権者たる国民の選択である。

 つまり、フクシマの原発事故を起こした最終的な責任は主権者である我々にある。もちろん、第一義的な責任は事業者である東京電力にあり、賠償責任は株主と債権者がまず負うべきであるが、事業承認や監督は国民が雇った政府が行っており、最終責任は我々国民にある。

 被曝者がいるところには、加曝者がいる。
 そして、そのカバクシャは我々、日本国民である。ところで、この国民にはどれだけの自覚があるのだろうか?
 なおかつ、東京電力から電力供給を受けていた私たち関東圏の人間は、消費者という意味でもカバクシャである。自分も含めたこの消費者たちは、どれだけの自覚があるだろうか?

 加えて言えば、我々はヒバクシャでもある。フクシマの原発事故で放出された放射能の大半は、実は福島県外に降り注いだ。多くは太平洋に撒き散らされ、世界中を循環している。しかも、今なお放出は止んでいない。私たちは今も被曝をし続けており、自分たちも程度の差はあれヒバクシャである。そのことの自覚が、この国民にどれだけあるだろうか?

(3)ヒロシマとフクシマの「根っこ」について
 結局のところ、ヒロシマに対する国民の態度が、フクシマを生んだと言っていい。「根っこ」は同じだ。

 水が流れるように、過去を忘れていく日本人。そして、雨のように上から降ってくるものに、唯々諾々と従う日本人。この国民が、言葉の本当の意味での「主権者」であったことが、歴史的に一度たりともあっただろうか?

 ヒロシマに続く8月15日の敗戦を「終戦」と言い換えた国民は、フクシマによる国土喪失と国民の流亡という「第二の敗戦」を避けられなかった。そして、その「第二の敗戦」すら反省しきれずに、現在の危機を迎えている。そして、現在の危機を、危機とも感じていない。このままでは、おそらく「第三の敗戦」が待ち構えているだろう。

 とはいえ、我々は、傍観者でいるわけにはいかない。お上が決めてくれるお気楽な封建社会は江戸時代で終わったはずだ。何のために、明治維新から太平洋戦争まで近代史において多大な犠牲を払ってきたのか?
 今こそ主権者に「なる」のだ。

 来週、8月15日には「敗戦記念日」をみんなで迎えたい。
posted by 小林のぶゆき at 23:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月08日

雄たる人、吉田市長の挫折と功績

期待しすぎたのか? 期待させすぎたのか?
YoshidaYuto.png 本日7月7日、吉田雄人・横須賀市長が2期8年間の任期を満了し、17:30に退庁式があった。

 私も、その最後の仕事に立ち会った。
 彼に、この8年の任期を与えた有権者の一人として。
 また、前回は彼を推した政治家として。
 そして、彼の政策を強力に応援し、叱咤し続けた議員として。

 「……俺たちは、期待しすぎたのかもしれないな」とも思う。

 逗子に育ち、鎌倉・逗子の独特の浮動票型選挙スタイルの空気の中で政治を志した吉田氏。高校時代に通った横須賀市を変革のフィールドに定め、2003年に市議に初当選。2009年に「チェンジ」を掲げ、変革を約束し、市長となった。多くの市民が期待した。私も期待した。

 しかし、改めて思う。
 そこに、大きなボタンのかけ違えがあったのではないか?
 吉田氏の「チェンジ」は、実は「改善」「漸進」だったように思う。しかし、私を含め、彼に投票した多くの市民は「チェンジ」に、このまちの「改革」や「飛躍」を期待した。

 難しい問題だと思う。
 市民が「改革」を期待しなければ、吉田氏は選ばれなかった。しかし、彼の地金は「カイゼン」の人であり、少しずつ「改良」していくのが、実は彼のスタイルであった。6年間、議員として彼の仕事を見てきて思う。
 このボタンのかけ違いについては、吉田氏に悪気はなかったのだろうと思う。最後まで、無邪気に見えた。それが、彼の人気の秘訣でもあったろう。

 「……彼は、期待させすぎたのかもしれないな」とも思う。

吉田氏の評価と功績
 吉田氏の問題点については、既に何度も触れた。だから、今日の退任の日に改めて批判したりはしない。
 →「私がなぜ市長を批判するのか〜吉田氏を選んではいけない3つの理由〜」
 →「何度でも言おう。吉田雄人氏を選んではいけない。」
 →「【市長選緊急リポート】結果の出せない会社、「株式会社横須賀市」の病理と処方箋」

 しかし、吉田氏には大きな功績もあったように思う。

 障害者に対する優しいまなざしや、市政を身近に感じさせた政治スタイルなど、人によって評価する点は様々だし、数多くあるだろう。それは、それぞれで良い。
 ところで、私にとって大きな功績は、3つある。以下、それを紹介して、吉田氏へのはなむけの言葉としたい。

(1)根回しをしないオープンな政治文化をつくった
 吉田という人間は、頑固だった。そして、根回しをしなかった。
 たとえば、中学校給食については、私は市民の声を焚き付け、議会の仲間の協力を得て、包囲網をつくり、何度も吉田氏に実施を迫った。しかし、なかなか首を縦に振らなかった。手強かった。
 選挙の票だけを考えれば、さっさと屈服したほうがトクだったろうと思う。しかし、財政規律論者の彼は、財政出動の多い給食ではなく、あくまでも行政の持ち出しのない民間活用の仕出し弁当にこだわった。結局は、ニーズに応えられず、劣を認めて給食導入へと舵を切ったが、私は「敵ながら、ある意味で信用できる」と感じていた。「媚びない政治」と本人も言っていたが、「大衆迎合はしないぞ」という意思を感じた。
 とはいえ、自身「市民が主役のまちづくり」と標榜していたにもかかわらず、圧倒的な市民ニーズを見誤ったとも言えるだろう。政治家として、あまりに固陋に過ぎたようにも思う。

 この一件が示すように、本来なら、議員が提案した様々な政策を採り入れることで、様々な勢力を味方につけ、政治基盤を盤石にすることもできたはずだ。多くの首長は、それをする。もちろん、私を引き入れることもできた。しかし、吉田という人間は、こういった取引や根回しをしなかった。
 私は、多様な民意を束ねていく民主政治の現場においては、こうしたダイナミズムも重要だと考えている。だが、彼はそのスタイルを貫いた。成功/失敗は別として、それは彼の生き方だ。あっぱれだったと言いたい。

 なにより、議会質疑において事前の調整なしでガチンコでやり取りするスタイルは議会を活性化させた。しっかりした市長与党というものを作らなかった。ときに「言語明瞭、意味不明瞭」とも揶揄されながらも、基本的に市長自身が答弁し、いわゆる市長与党系会派とも丁々発止の議論がなされた。その結果、「二元代表制」がきっちり意識されている、全国的にも優れてオープンで闊達な議会風土ができた。これは彼の置き土産だろう。

(2)事業のリストラにも挑んだ
 「吉田氏でなければ、あのタイミングで為しえなかったろう」と思う取り組みが、「事業仕分け」と「事業シート」の公開だ。
 もともと、自民党ムダ撲滅チームと志ある自治体職員と構想日本がタッグを組んで開発してきた「事業仕分け」。これに、当選直後に着手し、事業のスクラップ&ビルドに挑む姿勢は示していた。ただし、大きな反発の中、いったんは矛を納めざるを得なかった。
 しかしその後、繰り返し本市の全事業の「事業シート」公開を迫る私に対して、時間はかかったが応えてくれた。
 →「ついに「事業シート」公開! 「必殺仕分け人」、出番です。」

 残念ながら、市長はこれを公開はしたものの、十分に活用できなかった。事業のスクラップができなかった。したがって、ビルドもたいしてできなかった。
 しかし、これは独り市長のみを責めるべきではない。既に、道具は公開され、皆の手の中にある。議会も斬りこめばよかったのだ。私の怠慢もあって活用しきれていないが、このツールを橋頭保として、議会側からも事業の見直しに切り込んでいくことが今後求められるだろう。

 また、市長は値上げにも踏み切った。私が提案して多くの批判も浴びた例の中央斎場の有料化と値上げ、下水道料金値上げ、介護保険料の値上げ、などなど市民負担を求めることにも怯まずに取り組んだ。値上げの仕方は、所得累進性が十分ではないなど、私の満足いくものではなかった。とはいえ、先送りする市長も少なくない中、その姿勢は立派だったと言えるだろう。

3)ハコモノのリストラにも切り込んだ
 ハコモノのリストラ、つまり公共施設マネジメントにも取り組んだ。皮肉なものだが、新市長・上地克明氏も議員時代に求めてきたものだ。私も含め多くの議員の求めに応じ、「公共施設マネジメント白書」を策定し、将来負担の推計を示したのは、諸手を挙げて拍手したい功績だった。この市長でなければ、まだまだ先延ばしされていたかもしれない。
 →「市長の『ハコモノ行脚』を追っかけしてみた 〜市民の反応はどうだったか?〜」

 ところが、将来世代に負担を先送りしないためにはハコモノの30%削減が必要なのに、「市民理解が得られない」と怯んで17%削減の計画しか示せなかった。それも、市民の声を軽視した独善的な計画だった。彼自身は「将来世代にツケを残さない」「市民が主役のまちづくり」と掲げてきた。それだけに、多くの議員や市民の落胆は大きかった。
 とはいえ、本日の退庁式でも、やり残したことのひとつに挙げていたのが、この公共施設マネジメントだった。ある意味で意外だった。漸進主義者の彼なりには少しずつ取り組んでいたつもりだったということなのだろう。しかし、私にとっては全く不十分だった。もしも、子どもたちの世代のために、ハコモノのリストラを徹底してやり切る姿勢さえ示せば、他のことには目をつぶってでも、私は全力で支えるつもりだった。それだけに、本当に残念だった。

   *   *   *
 以上、これは私の評価だ。
 思えばこれらの功績は、一期目にほぼ方向づけられていた。二期目には精彩を欠いたかもしれない。
 ただ、私ほど吉田市長の政策を高く評価し、ずっと進捗を追い続け、背中を押した議員も多くなかったのではないか? そう、勝手に自負している。
 しかし、彼にとっては、同い年とはいえ後輩の生意気な政治家に尻を叩かれ続けているようで、不愉快だったろう。期待したからこそ、裏切られたと感じ、ずいぶんきつい言葉で迫ったこともあった。そこは申し訳なかったと思う。

 期待しすぎたのか? 期待させすぎたのか?
 みんなをそうさせたのも、彼の人間的な魅力のせいかもしれない。
   *   *   *

 第35代横須賀市長として、確かな足跡を残されました。
 吉田雄人さん、本当におつかれさまでした。
 8年間、ありがとうございました。
posted by 小林のぶゆき at 01:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月06日

「上地市長、お願い。早く給食を導入して!」キャンペーンを開始!

SchoolLunchB.pngSchoolLunchA.pngSchoolLunchC.png 横須賀市の中学校給食が4〜5年後になるのか? もっと早まるのか?
 実は、7/18の上地市長の決断にかかっています。ご存知でしたか?
 時間は、ありません。そこで、ネット署名で有名なChange.orgを利用して、キャンペーンを始めました。右の3つのアイコンも用意して、これからどんどん拡散していきます。ぜひ、みなさんもポチッと賛同をお願いします。

上地市長、「中学校給食の早期実施」って約束してくれましたよね?
親子方式で、2019年4月には開始してください!
〜時間もかかる。お金もかかる。センター方式はマズいでしょ!〜

 本年6月30日の教育委員会定例会議で、横須賀市の中学校給食を「センター方式」で実施する方針案が示されました。でも、センター方式には、問題がいっぱい!
●時間がかかる:用地もまだ決まっていない中、導入までに早くて4年はかかると言われています
●お金がかかる:大規模な調理工場である給食センターを整備するには、大きなお金がかかります
●ハコモノ過剰に:市の発表では、今後30年で子どもの数は40%減少する予測。現在の生徒数に合わせて建設すると、すぐに施設が過剰になる見込みです
●小学校までセンターに!?:分散型の自校方式には色々なメリットがあります。しかし、ひとたび給食センターを建設すると50年は自校方式の芽が摘まれるでしょう。むしろ、自校方式の小学校まで、順次センターに転換されていくことが予想されます。

 教育委員会の方針案をひっくり返して、センター方式にSTOPをかけ、親子方式でいい給食を早く安く提供すべきです。

 上地市長、いまこそ新市長の力の見せどころです!
 2019年4月には給食が導入されるよう、みんなで背中を押しましょう!

 署名はコチラ↓(私にも上地市長にも、誰が署名したか、一切の個人情報が漏れません)
posted by 小林のぶゆき at 14:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月01日

「マニフェスト大賞」、はじめました。

logo1.png 本日より、マニフェスト大賞の募集が始まりました。
 →第12回マニフェスト大賞 募集要項

 全国各地で政策型のまちづくりに取り組む人々の、優れた取り組みに光を当てる、このマニフェスト大賞。
 私は、2012年第7回から5年連続で受賞してきて、この輪の中で多くのものを学んできました。そこで今回は「恩返し」です。応募を「卒業」し、実行委員会の事務局長として支えることとなりました。

 とりわけ、今回から、原則として全部門にどなたでも応募できるよう変更しました。議会や首長・市民・企業といった枠を超えてクロスオーヴァ―に連携する事例が増えているためです。
 ぜひ、「ひょっとしたら、これも該当するのでは」といった取り組みがありましたら、ぜひ応募してみてください。 応募締切は8/31。たくさんのご応募をお待ちしております!
posted by 小林のぶゆき at 13:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月26日

横須賀市長選と今井絵理子某 〜批判とネガティヴ・キャンペーン〜

ImaiEriko.png 横須賀市長選が終わった。

 ところで、今井絵理子なる参議院議員が、「批判なき選挙、批判なき政治を目指して」などという投稿をして、話題となっている。この人は、「批判というものは、しないほうがいい」と思っているのだろう。

 さて、今回の横須賀市長選で私は、前回は推した現職に対して、今回は徹底して「批判」した。そのことに対して、数多くの非難を受けた。いわく……
 「小林のネガティヴ・キャンペーンは不快だ」
 「批判ばかりの議員など要らない。給料返せ」
 「じゃあ、お前に市長が務まるのか? やれるもんならやってみろ」
 「誹謗中傷合戦は見るに耐えない。自分の応援する候補にいいところがないから、相手を批判するしかできないんだろうよ」
……といったものだ。

 この今井絵理子某と、これら非難の全てではないにしろある程度の部分には、通底するものがあるように思う。要するに「批判は良くないことだ」という考え方だ。

   〜   〜   〜
 ところでまず、これらの非難に、反論させてもらいたい。

 私は仕事柄、現職市長の「それは人としてどうなんだろうか?」と思われるような発言やエピソードもいくつか知っている。直接見聞きしたものもあるし、有権者や業界団体からの複数の伝聞で裏付けが取れたものもある。
 しかし、私は今回の選挙に際して、それらのネタを使って「中傷」することは一切しなかった。真実であり、人物的な評価を貶めるためには効果的であったろうと思う。だが、本質ではない。
 一方で、未達成の公約や政治姿勢については、舌鋒鋭く「批判」してきた。それは、本質的だからだ。

 そもそも、私は今回の市長選で誰も応援していない。3人の候補者の政策比較と解説などもしているが、ご覧のとおり全員を「批判」している。
 だいたい、私は「議員は自分のまちの首長を応援したりするもんじゃない」と考えている。なぜなら、議員は市長を監督するのが仕事だ。いいものはいい。悪いものは悪い。市民代表として送り込まれ、是々非々で市長らを監督し、その内容を市民にご報告する。これが、議員の本分だと考えている。なまじ応援などしてしまうと、目が曇ってしまう。
 そして、「市長の代わりが務まるのか?」と言われるが、議員は市長の部下ではない。勘違いしている人が多いが、全く別の仕事だ。会社で言えば社長を監督する取締役だ。求められる能力も違う。ちゃんと中学校で地方政治とか会社の仕組みを教えないから、こういう頓珍漢なことを言う人が出てくる。
   〜   〜   〜

 ところで「批判」という言葉の意味を辞書で調べてみよう。
【批判】(大辞林 第三版)
@物事の可否に検討を加え、評価・判定すること。 「学説−」 「 −を仰ぐ」
A誤っている点やよくない点を指摘し、あげつらうこと。 「政府の外交方針を−する」
B【哲】 〔ドイツ Kritik〕 人間の知識や思想・行為などについて、その意味内容の成立する基礎を把握することにより、その起源・妥当性・限界などを明らかにすること。

 出来の悪い学生ではあったものの、大学の哲学科で西洋近代合理主義的「批判」精神に触れた私としては、「批判」という言葉に必ずしも悪いイメージを持っていない。
 そして、この「批判」の意味から言えば、市長たらんとする人を「批判」することこそが、監督することにつながると思うのだ。

 現職に対する批判が「ネガティヴ・キャンペーン」に見えたのなら、それは批判の結果として現職の評価が低かった当然の結果だろう。
 それに、「ネガティヴ・キャンペーン」を直訳すれば「落選運動」だ。私は、現職に対する落選運動なら熱心にしてきた。ただし、徒な中傷ではなく、健全な批判によって、事実を基に冷静な批評に努めてきたつもりだ。その証拠に「オマエは評論家か!」というお褒めの言葉も頂いたほどだ。

 さあ、今後は上地・新市長をしっかり「批判」していこうと思う。
posted by 小林のぶゆき at 22:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

雨が降ろうが、用事があろうが、手ぶらでOK。投票に行こう!

SenkyoKouhou.png いよいよ、今日は横須賀市長選の投票日ですね!
 横須賀市はあいにくの雨模様ですが、迷わず投票には行きましょう。

 えっ? 投票券を持たずに家を出てきてしまった?
 大丈夫です。あのハガキは、実は「投票券」じゃなくて、ただの「投票案内」です。手ぶらでOKです。

 えっ? 夕方まで仕事があるからムリ?
 大丈夫です。役所じゃないんで、17:00までじゃないですよ。今日の20:00まで投票できます。

 えっ? 投票所の場所がわからない?
 大丈夫です。ネットでも調べられます。市内86か所の投票所のうち自分がどこか、住所から検索できます。
 →あなたの街の投票所案内(住所から検索)
 なんなら、私に電話で住所言ってもらえれば、代わりに調べますよ。→070-6640-3927

 えっ? 誰に投票していいかわからない?
 大丈夫です。投票所には選挙公報が置いてありますし、うちのまちはネットでも見られますよ。
 →選挙公報

 えっ? 選挙公報だけじゃ判断がつかない?
 大丈夫です。そんな時は、私も色々な解説記事を書いているので、小林のぶゆきBlogを読んでみてください。これとか、評判いいですよ。
 →「いよいよ市長選。候補者の政策比較表をつくってみました」
 →「【市長選緊急リポート】結果の出せない会社、「株式会社横須賀市」の病理と処方箋」

 えっ? やっぱり決めきれない?
 大丈夫です。迷ったら、何も書かずに投票する「白票」でもいいんです。「白票」にも意味があります。「俺たち、市民は無関心なんじゃないよ。たまたまいい候補者がいなかっただけだ」という意思表示です。
 投票率が低いと、「関心低いから、勝手に何でも決めていいんだろうな」って、市役所になめられちゃいますよ。横須賀市のオーナーは市民のみなさんなんですからね。

 なにしろ、投票には行きましょう!
posted by 小林のぶゆき at 16:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

【市長選緊急リポート】結果の出せない会社、「株式会社横須賀市」の病理と処方箋

横須賀市を株式会社に例えると……
YKPAKU6722_TP_V.jpg イメージしてみてください。
 ここに「株式会社横須賀市」があります。連結売上高で3150億円ほど。中堅の上場企業くらいの規模です。

 この会社では、約40人の取締役の下、現在41歳の若い吉田社長がこれまで8年間にわたって経営を担ってきました。ここ数年の財務諸表を見れば、顧客数は減るばかりです。利益も出ていません。
 ただし、吉田社長は、3110億円の借入金を2896億円へと214億円減らしています。彼は、これを最大の実績だとしており、評価する株主の声も多くあります。

 ところで、その借入金は、ビジネスローンやつなぎ融資などではなく、主にバブル期に大きな設備投資をした際の借入金です。健全な借入金ではありますが、当時の設備投資が過大だったのは間違いありません。
 そして現在、我々の業界は、マーケットが徐々にしぼみつつあるのが現状です。
 これが、この会社の概要です。

3つの経営方針と路線対立
 さて、今、会社の経営方針として、3つの方向性が議論されています。

(1)現状改善派
 現在の吉田社長と、彼に理解を示す7人の取締役がこの立場です。
 新たな設備投資は極力控え、現在の設備で作れる製品を売りながら、売上は減少してもある程度のコスト削減もしながら、縮小均衡で何とか利益を確保するという経営方針です。借入金もできるだけ減らすことで、利払いコストも抑えようと努力してきました。それは吉田社長が主張する通りです。
 ただし、目の前のお客さんがどんどん逃げている現状があります。そこで、製品そのものの改良はちょっとずつしかできないため、ブランド戦略やイメージ戦略で工夫し、従来と大きく変わらない製品であってもパッケージや見せ方を工夫することで、顧客をひきつけていこうとしてきました。今後4年間も、その方向で上手くいくと訴えています。

(2)顧客還元派
 この会社は、家計であれば「タンス預金」に相当する内部留保を136億円確保してきました。他社と比べるとやや大きな額ですが、吉田社長は経営環境の急な変動に備えて、なるべくこの規模の額を維持してきました。
 ところが、取締役のうち3人は、この内部留保を取り崩して、商品価格を下げたり顧客ロイヤリティを上げたりすることで、顧客の流出を防ぐよう主張しています。そして、この経営方針を共有する林氏という人物を連れてきて、次期社長に就任させるよう提案しています。
 ただし、一時的にはそれで顧客満足度は向上するでしょうが、136億円といっても数年で使い切るでしょう。内部留保を使い切ってしまった後、いったいどうするのか? 大きな疑問が残りますが、今さえよければいいということなのかもしれません。

(3)積極投資派
 吉田社長の経営方針に異を唱えるのが、積極投資派です。40人の取締役のうち、先に述べた7人と3人を除く30人が、濃淡はありますが、この積極投資派です。
 国や県の補助金や、金融公庫の有利な貸付も、利用できるものは利用しながら、一定の設備投資はして、他社に対して競争力のある製品を生み出し、顧客を確保して売り上げの減少を食い止めていこうとする経営方針です。もちろん、市場全体は縮小傾向ですからかつてのような大型投資はできませんが、今より付加価値の高い商品を投入しなければ、現在の急激な顧客の流出を食い止められないと主張しています。
 この積極投資派の30人の取締役のうち上地氏が、次期社長に名乗りを上げています。


 さて、この3つの経営方針のうち、最もふさわしいのはどれなのでしょうか?
 もちろん、経営環境は常に動いていきます。不確実な時代ですから「これなら必ず失敗しない」という経営方針はないでしょう。だから、明日の株主総会で選択をすることになっています。

吉田社長が選ばれると、対立が続き、経営が停滞する恐れも……
 ここで、視点を変えた判断材料を示したいと思います。

 吉田社長には、純粋な経営方針の路線対立の他に、いくつかの問題が指摘されています。
 この間、取締役会で報告内容を取り繕おうとしたり、能力が高いとはいえ自分の友人を会社のルールに則らない形で強引に入社させたり、一部の株主だけの利益になるようなことを注意されても続けていたことが発覚したり、といった問題が相次いだのです。
 どれも、経営を揺るがすような大きな事件ではありません。小さなことばかりです。しかし、取締役会で何度も注意したにもかかわらず、反省の色が見えないため、取締役のうち(2)顧客還元派と(3)積極投資派の33人は吉田社長に対して大きな不信感を持つようになりました。先日の取締役会でも、多数の賛成で吉田社長に辞職を迫る決議を突きつけ、対立は決定的となっています。

 こうした中、明日の株主総会では、社長と取締役2名だけを選ぶこととなっています。うち、取締役2名は、現在のこの会社の株主構成を考えたとき、(1)現状改善派と(3)積極投資派で1名ずつとなることが予想され、大勢に影響はありません。
 次に取締役37〜41名を一斉に選ぶのは、2年後の株主総会となります。

 吉田社長は個人的な魅力があり、株主に人気があって、過去2回8年間にわたって、株主総会で選ばれてきました。しかし今回、再び選ばれれば任期は4年間。少なくとも取締役が一斉に入れ替わるまでの2年間は、大きな対立を抱えたままの会社運営が続くことになります。そうなれば、会社経営という面では、効率性を欠き、不毛な争いが繰り返される恐れがあります。
 吉田社長が、(3)積極投資派と和解したり、一部を切り崩したりすれば、経営はスムーズになりますが、純粋な経営方針の対立ではなく信用問題の対立なので、それはおそらく見込めないでしょう。
 2年後に取締役の構成が大きく変われば安定するのでしょうが、どうなるか現時点ではわかりません。

 一方、上地氏が次期社長に選ばれれば、経営方針は取締役会と社長の間で共有されており、円滑に進むでしょう。私の個人的見解では、「取締役会の構成が上地・新社長派ばかりになると、投資が過剰になってしまう恐れもあるのではないか」との一抹の不安もありますが、少なくとも信用上の不毛な対立は避けられ、効率的な経営がされるでしょう。

 なお、林氏が社長に選ばれると、私の個人的見解では「会社の赤字と借金が増大する恐れがある」と感じています。

この会社の処方箋は何か?
 株主のみなさん。みなさんには2つの方向があります。

プランA
 吉田社長を選ぶのであれば、しっかり株主として統制を利かせ、最低限のルールを守らせ、「俺は社長だぞ」と調子にのって驕ることのないよう見張っていく必要があるでしょう。
 また、他の株主を説得して、2年後の株主総会において対立が起きない取締役の構成とするほうがよいでしょう。
 ただし、私の個人的見解では「いずれも相当な困難を伴う」と感じています。ですが、吉田社長を選ぶということは、その覚悟が必要だと思います。

プランB
 別の社長を選ぶことです。
 確かに社長としての手腕は未知数です。取締役の中でも、個別の事業のありかたについて方針が一致しているわけではないため、相当のバランスをとってやっていかなければなりません。また、前・吉田社長を含めた歴代社長が切り込めなかった、不採算事業と不採算資産のリストラも果断に取り組まなければなりません。祝福されて社長に就任したとしても、すぐに困難な課題が立ちはだかっています。
 ただし、私も取締役の一人です。新社長一人に責任を負わせることはしません。しっかりと最先端の情報を仕入れ、現状を分析し、建設的な提案を続けていきます。そして、いずれ「株式会社横須賀市」を、大きくはなくとも「魅力のある強い会社」に変えていきたいと思います。
画像提供:PAKUTASO
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晴れた日には手ぶらでBBQもいいけど、手ぶらで期日前投票もイイネ!

senkyo_bako.png 今日は、いい天気ですね。こんな日には、手ぶらでBBQもいいですね。ソレイユの丘くりはま花の国猿島・うみかぜ公園などなどで楽しめます。

 ところで、明日は雨の予報です。今日のうちに、投票しちゃいませんか? そう、期日前投票。

 えっ? 投票券を持ってないって?
 大丈夫です。市から届くハガキは、実は「投票券」ではなくて、ただの「投票案内」です。な〜んにも持たずに期日前投票所に行けば「手ぶらで投票」できるんです。

 えっ? 理由を聞かれたとき、投票日に別に用事があるわけじゃないから、何て答えたらいいか困るって?
 大丈夫です。私なんか宣誓書の「(   )に従事のため」という欄に「(居眠り)に従事のため」って書いて出しました(笑)。「(お買い物)に従事のため」とかで無難にいいんじゃないですかね。

 今日の20:00までに、最寄りの期日前投票所10か所に行けば大丈夫ですよ。
 →横須賀市選挙管理委員会「期日前投票」のご案内

 横須賀市のオーナーは市民のみなさん。投票率が低いと、「関心低いから、勝手に何でも決めていいんだろうな」って、市役所になめられちゃいますよ。ぜひ。
イラスト提供:いらすとや
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2017年06月23日

何度でも言おう。吉田雄人氏を選んではいけない。

PAK85_lalaokotteiruOL20140321_TP_V.jpg 公約を守らなかったり、嘘やごまかしを言ったり。そんな政治家を選んではいけない。

 誰もが、子どもの頃から「約束は、守らなきゃいけないんだよ」「嘘は、ついちゃいけないんだよ」と教えられて育っているはずだ。
 それは、この社会を成り立たせている、最低限のルールだ。日本は法治国家であり、世の中は契約社会である。嘘やごまかしがまかり通ったり、契約違反が当たり前のことだったりすれば、日本社会の底が抜けてしまう。

 ところで、政治家はどうだろうか?
 政治家は、特別なのだろうか?
 政治家だけは、約束を破ったり、嘘をついたりしてもいい、特権階級なのだろうか?
 もちろん、そんなことはないハズだ。

 ここで「ハズ」と言ったのは、実際には政治家については、従来は世の中一般よりも大目に見られてきたからだ。
 公約で「あれもやります」「これもやります」と言っても、実際に契約後(当選後)にその約束が守られているかどうか、あまり関心を払う人は多くなかった。スーパーで買い物をしたレシートを見て10円でも多くとられていたら文句を言うのに、政治家に対しては寛容だった。我々、政治家にとってはありがたい話なのかもしれない。

 しかし、そのままでいいのだろうか?
 元三重県知事で早稲田大学マニフェスト研究所の北川正恭氏は、こうした日本の政治風土を変えるためにマニフェスト運動をはじめた。検証可能な公約を掲げ、お願いや縁故ではなく政策で選び、実績を評価し、次の選挙で審判を下す。そんなPDCAサイクルを回す試みが、マニフェストという言葉を使おうが使うまいが、日本に定着してきた。

 そして、吉田雄人氏もそんな風土の中でマニフェストを掲げて市長になった。そのやり方は立派だった。残念なことに、その真っ直ぐな努力に対して、あらぬ批判を浴びせる市民や議員もいた。おかげで後退こそしたものの、吉田雄人氏は、まがりなりにも2期8年間にわたってマニフェスト・サイクルをまわす努力は続けた。そこは、正当に評価されるべきだ。

 ただし、本人が公約を守れたかどうかは、また別な話だ。

 吉田雄人氏が掲げた一期目「マニフェスト」や二期目「政策集」以外にも、チラシや演説などで掲げた公約は数多くあった。そのため、「政策集」の外部評価が80.8点だったとしても、「すなわち吉田市政の公約達成度は8割だった」ということにはならない。むしろ、「政策集」で掲げた公約には細々としたものも多く、チラシで掲げた公約には市民の関心も高く市政へのインパクトも大きい内容も多かった。
 そして残念なことに、細々とした公約ばかり達成率は高かったが、主要な公約では達成できなかった。概要は、私のチラシ第23号を参照されたい。

 むしろ「達成できなかった」と言う以前に、達成するための当然の努力を怠ってきた。
 私は、前回「政策で選ぶなら吉田氏だ」と太鼓判を押した立場だ。だから、その政策にはある意味で、連帯責任を負っている。だからこそ、議会で「このままでは公約を達成できないのではないか。こんな方法をとってはどうか? 発想の転換をしてはどうか?」と、繰り返し建設的な提言をしてきた。この経緯は議会録画中継や議事録をたどって頂ければわかる。しかし、吉田雄人氏は無為無策のまま徒に時間を費やし、任期満了に至った。

 しかも、そのことを問い詰めても、謝罪の言葉ひとつなく、はぐらかすような答弁しかしてこなかった。誠実さを感じられなかった。
 加えて、100条委員会やマスコミ報道などでもご存じのように、虚偽答弁疑惑や公選法違反名刺問題などは、指摘されたことに正直に答え誠実に対応しておけば、ここまで大きな問題になることはなかった。
 約束を守ろうと努力し、嘘やごまかしで言い繕うことさえなければ、基本的には評価できる部分の多い市長だった。

 それだけに、非常に残念だ。しかし、そこが政治家にとって、もっとも重要な部分なのだ。「百才は一誠に如かず」という言葉がある。
 だから、何度でも、何度でも言おう。吉田雄人氏を選んではいけない。
画像提供:PAKUTASO
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2017年06月22日

私がなぜ市長を批判するのか〜吉田氏を選んではいけない3つの理由〜

損を承知で、かつては応援した吉田氏を批判
CON_munagura15102500_TP_V.jpg 私は過去2回の市長選で、吉田雄人氏に投票してきた。とりわけ、前回2013年の選挙は自分が2011年に議員になった後でもあり、政策比較を示したうえで「政策で選ぶなら吉田氏だ」と太鼓判まで押した。

 そんな私がなぜ吉田批判を続けるのか?

 正直に言えば、私を支援して下さってきた方々や支援団体も、ほとんどが吉田市長支持だ。みなさんに足並みを合わせ、私も吉田市長を応援したほうが無難だ。応援しないまでも、せめて何も態度表明せずに「寝て」いたほうが、支援者の反感を買うこともなく私にとってはトクだ。
 「小林のネガティヴ・キャンペーンは見ていて不快だ」「批判ばかりの議員は要らない。給料返せ」など、様々な反発も受けている。私は、次回の選挙で大幅に票を減らすだろう。

「欠陥商品」を世に送り出した責任を痛感
 それでもなぜ「吉田氏を選んではいけない」とハッキリ言うのか?

 それは、シンプルだ。よくない市長だからだ。

 そして、私の良心に従えば、それをきちんと市民のみなさんにお伝えしなければならないと思ったのだ。議員の職責の第一は、市長を監督すること。監督してきた結果、「吉田雄人氏を市長の椅子に座らせておくことは、横須賀市民のためにならない」と判断した。個人的にも、私の息子やその友達たちを考えれば、こんな市長を置いておくわけにいかない。黙っているわけにはいかなかったのだ。

 しかも、私には「製造者責任」がある。PL法であれば、欠陥商品を作って送り出したら、損害賠償の責務が生じる。私は4年前、単に吉田氏に投票して送り出しただけでなく、「政策で選ぶなら吉田氏だ」と市民に勧めた人間だ。その責任はなおさら重いと感じている。もちろん、今でも政策だけなら悪くなかったと思う。しかし、その政策を実行に移さなかったわけで、予見できなかった自らの不明を恥じている。スペック比較しておススメした自動車が、スペック通りの性能が出ない欠陥商品だった。そんなディーラーに似ている。本来ならリコールものだ。

吉田雄人氏を選んではいけない3つの理由
 では、いったい吉田市長の何が「よくない」のか?
 大きく3つある。
(1)公約をまもらない。
(2)誠実でない。
(3)子どもたちに平気でツケ回しをする。
 以上が概要だ。以下、詳しく説明していく。

(1)公約をまもらない。
news_fake_dema.png 「中学校給食実施ニーズに応える」と期待させておいて応えられなかった。待機児童ゼロも、やればできたのにやらなかった。学童クラブ空白区の解消も放置した。その他も、主要な公約をことごとく守れなかった。
 一方で、「一期目のマニフェストや二期目の政策集に対する第三者評価では高い点数が出ているじゃないか?」という声もある。確かに、点数は悪くない。しかし、いみじくも評価した専門家自身が「あくまでアウトプットの評価であってアウトカムの評価ではない」と言っている。つまり、「言ったことをやれたかどうか、単純にチェックしただけです。それでまちがよくなったかどうかは、私たちは知りませんよ」という意味だ。
 私も、「1期目はやりたくても抵抗が多くて改革できなかったんだろう」と信じていた。しかし、2期目を見ていて、改革する気がない「偽装改革派」だったことが判明した。チャレンジしてできなかったなら、まだ評価できる。だが、本腰入れてやる気などなかったのだ。

(2)誠実でない。
usotsuki.png 公約を破ったにもかかわらず、謝罪や反省の言葉ひとつなかった。公式の議会の場でも、個人的にも、何の謝罪もしていない。
 これだけでも十分に不信任に値する。だが加えて、100条委員会やマスコミでも問題視された、虚偽発言問題と公選法違反名刺問題もある。誠実な人間なら、こんなに問題を続けて起こすはずがない。
 加えて、私について言えば、吉田市政に不満は色々あったものの、公共施設マネジメントと中学校給食対応を約束したから、前回も推したのだ。しかし、いずれも反故にされた。ボッタクリの店と何ら変わらない。守られなかった公約は多いため、他にも期待を裏切られた方は多いだろう。

(3)子どもたちに平気でツケ回しをする。
creditcard_syakkin.png 吉田市長は、「将来世代にツケを残さない」と美辞麗句を並べ、ハコモノ行政にメスを入れると公約した。しかし、実際には問題を放置した。ハコモノを30%削減しなければ財政がもたないのに、17%しか減らさないという。残りの13%分は約380億円に相当する。今回、彼が「私が削減しました!」と喧伝している214億円を大幅に上回る金額だ。その不足分をどうするのか議会で問うても、「私の能力では難しい」と開き直る。
 この発言を聞いて、私は耳を疑った。「能力がないなら、さっさとやめろ」というのが普通の感覚だろう。代替案なら、我々は提案済みだ。実現する方法がないわけではない。しかし、それをやりきる政治的能力がないということだ。
 いずれにしろ、この選挙戦の最中も「ツケを残さない」とふれまわっているが、空疎なキャッチコピーに過ぎない。言行不一致で、欺瞞を何とも思わない厚顔無恥ぶりには感心すら覚える。

何度でも言う。吉田雄人氏を選んではいけない。
PAK85_lalaokotteiruOL20140321_TP_V.jpg 以上、横須賀市の民主主義のためにも、公約を違えた人を再選させるという悪しき前例を作ってはいけない。物事をごまかそうとする人に公金を預けてはいけない。
 掲げた公約を吟味し、そのうえで信任し、進捗を評価し、次の選挙で審判を下す。そんな、政策本位・政策選択の選挙を我々有権者がつくっていくことで、このまちの民主主義を再起動させたい。
画像提供:PAKUTASOイラスト提供:いらすとや
posted by 小林のぶゆき at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【委員会視察報告】中学校給食は最短1年で導入できる!

IMG_3146.JPG 「横須賀市に、中学校給食を提供させる。」

 市民と議会が肩を組んで闘ってきたこの6年間。時間はかかったが、昨年ようやく市が「屈伏」し、中学校給食を提供させることとなった。

 市民ニーズを見誤り、ここまで実施を遅らせてきた責任は、吉田市長と教育長にある。たかが役人の分際で、主権者である市民の声を軽視しすぎていたのだ。
 とりわけ、4年前の選挙の際、「中学校給食の実施ニーズに応えます」と公約に掲げておきながら、約束を守ろうと努力もせず、有権者を裏切った吉田雄人市長は、万死に値する。この場合の「万死」は、政治家生命の死である。つまり、この責任を次の選挙できっちりとってもらおう、と私は考えている。

 ところで、過去は過去。我々は未来へ進まなければならない。
 次の問題は「中学校給食を、どうやるか?」。つまり実施方式だ。

 給食の実施方式はいろいろとある。
・ボックスランチ方式(集約モデル)
調理工場で弁当箱に詰め、各校へ運ぶ。要は、仕出し弁当

・センター方式(集約モデル)
調理工場で食缶に詰め、各校へ運んで、教室で配膳

・自校方式(分散モデル)
学校ごとに調理場を整備し、食缶に詰めて、教室で配膳

・親子方式(中間モデル)
調理場のある学校で食缶に詰め、他の一校に供給する

・ミニ・センター方式(中間モデル)
調理場のある学校で食缶に詰め、複数の学校へ供給する

 他にも亜流はあるが、基本的にはこのどれか、もしくはこれらの合わせ技となる。ちなみに、三浦市は横須賀市の事業者によりセンター方式で、逗子市は横須賀市の事業者のよりボックスランチ方式で、市内の小学校は自校方式で、提供している。また、厚木市はミニ・センター方式を選び、目下実施を目指している川崎市は自校とセンターの合わせ技とした。

 なお、運営方式についてもいくつかある。
・公設公営
行政が調理場を整備し、行政が調理する
・公設民営
行政が調理場を整備し、民間に調理を委託する
・民設民営
民間が整備した調理場で調理されたものを納入してもらう

 他にも、PFIやコンセッション方式など亜流はあるが、基本的にはこのどれか、もしくはこれらの合わせ技となる。ただし、自校方式の民設民営や、センター方式の公設公営は、全国的に例は少ないようで、相性はあるようだ。

 さて、この実施方式を、7月には決める予定だ。
 誰がどう決めるのか?

 諮問会議や庁内会議の議論をふまえて、教育委員が方針をまとめ、それに市長が予算を付け、それを議会が議決すれば決定となる。つまり、最終決定者は議会となる。
 そこで、最終決定の前に、情報を収集し、意思決定過程においてもチェックと認識のすり合わせをするべく、議会は「中学校完全給食実施等検討特別委員会」を設置した。私も、本委員会の一員に選ばれた。

 本員会で、判断材料となる知見を蓄えるべく視察を実施することを私から提案し、委員のみなさんにお認め頂いた。皆で議論した結果、自校方式・親子方式・センター方式をそれぞれ視察することとなった。以上が、この視察報告に至る経緯である。
IMG_2995.JPG
自校方式:市内2小学校
 自校方式については、横須賀市内の小学校2校を3/30に視察した。ドライシステムという新しい設備が整っている大塚台小学校と、古い設備なのだが床を濡らさないドライ運用で使っている鶴久保小学校を見て、現場の方々とも意見交換をした。
 この中で得られた洞察としては、次のようなものだ。
●鶴久保小学校をはじめ多くの学校が、外からの風もホコリも入り込む環境で調理をしていることに驚く。新しい設備は、機能的で、衛生的で、労働安全衛生にも優れ、やはりよい。
●校舎を建てる際に設置するのであれば、自校方式が最も効率的で良い。
●思ったより狭い。
※写真は鶴久保小の渡り廊下に掲示してあったワカメの生産と流通の仕組み。「自校方式のほうが目に見えるところで作るため食育面でよい」などの言説を耳にするが、私自身は、給食調理員や栄養士と触れ合った記憶はほとんどない。むしろ、こういうポスターのほうが有意義な食育である気がする。

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親子方式:西東京市
 西東京市については、私が情報を拾ってきて視察先として提案し、採用頂いた。知り得た中で、最も新しい導入事例であり、2011年より小学校を「親」として中学校を「子」とする親子方式を導入している。
 4/26に視察して、得られた洞察としては、次のようなものだ。
●必ずしも、「親」となる小学校の設備を増強する必要はない。西東京市は一度に小中の両方を調理するのではなく、2回転方式をとっている。すなわち、先に中学校分を調理して送り出し、後から自校分を調理している。
●2回転方式は、設備面では投資を抑えられるが、人的な負担は大きい。調理員は朝6時代から出勤して業務を開始する必要がある。そのため、西東京市では直営の市職員は対応できないということになり、「親」校は全て公設民営の民間委託で実施している。
●デリバリー方式は選択制が多く、その他の方式は全員喫食が多いことから、デリバリー=選択制と誤解する者が多い。本市の教育委員も完全に誤解していた。然るに、西東京市の中学校では食缶による配膳だが、選択制である。給食は頼みたい人が頼む。しかし、喫食率は95%以上と、高い。選択制とすれば、給食費を払えるのに払わない「給食費未納」問題は起こらない。払わない生徒には給食を出さないだけの話だ。もちろん、生活保護や就学援助の世帯は、給食費が免除であるため、選択制であっても給食を希望すれば給食費は不要だ。

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センター方式:立川市
 立川市は、小学校が自校方式8校とセンター方式12校の併用による全員喫食制。中学校が、選択制のボックスランチ方式をとっている。このうち、小学校12校に給食を提供している学校給食共同調理場を5/15に視察した。
 この中で得られた洞察としては、次のようなものだ。
●「センター方式だと加工品が増える」という風説があるが、全国的にそのような傾向があるだけの話だ。立川市のようにセンター方式でもできるだけ加工品を使わないやり方はあった。むしろ、お好み焼きやオムレツ、焼きそばなど、自校方式でもなかなかやらないメニューでも作っており、過去の常識は取り払うべきだ。
●規模のメリットはある。機械化によって、食数あたりの人員数は少なくて済んでいる印象。特に、食物アレルギー用の調理は別室で別工程にて行うため、コンタミネーション(調理中の微量の混入)も防ぎやすい。
●配送については、衛生上2時間以内に配送しなければならない食缶と、そのような縛りのない食器を別々に配送していた。よくよく考えてみれば、食缶と食器は別系統で考えても良いのだ。

横須賀市の中学校給食はどうあるべきか?
 以上の視察によって得られた知見とこれまでに集めてきた情報を総合し、私なりの横須賀市の中学校給食の方式を提案したい。

●方式:親子方式とセンター方式の複合
 まず、北下浦中学校はセンター方式により2018年4月から給食を供給することを目指す。児童数が減少して財政負担が大きくなっている三浦市のセンターから供給頂くことで三浦市の支援をすると同時に、本市の設備投資負担も軽くでき、win-winとなる。何よりも工事等が不要で、いち早く提供できることが魅力である。
 その他の22校は親子方式で供給する。
 なお、いずれの方式でも中学校側にエレベーターや小荷物昇降機の設置は必要となる。ただし、設置まで給食の供給を待つのではなく、エレベーター等の設置までは手で運べばよい。運搬要員は臨時職員を雇えばいいだろう。

●設備投資:小学校の増築は不要。食器洗浄は別工程で。
 市がコンサル会社に委託した調査によれば、親子方式で供給するには小学校46校のうち「親」となる23校の増築等を伴う。増築をするには、建築確認申請も必要であり、工期も必要となる。もちろん、改築費用もかかる。ただし、市が現在想定しているのは1回転かつ「親」1校「子」1校である。ここで発想の転換をしてみる。
 基本的には、厨房設備の増強はあっても増築はせず、2回転で対応する。2回転でも賄えない学校は、角井議員の提案する「親」2校「子」1校で対応する。要するに、小学校2校から中学校1校に運ぶ方式だ。
 とはいえ、提供食数が増えれば食器類も増える。中学校分の食器の熱風保管庫まで小学校給食室に置こうとすれば、やはり増築が不可欠となる小学校も出てくる。そこで、立川市で学んだ食缶と食器を別系統で動かす方法を採用する。食缶は「親」校から運んで終わったら戻すが、食器は「子」校から持ち出さない。中学校側に食器洗浄室を設ければ、運ぶ手間も減る。中学校はどこも生徒が減って余裕があるため、食器洗浄室を設けるぐらいわけない。あるいは、中学校側の反発があまりにも強ければ、別途、食器洗浄センターを民間委託で作ればいい。
 いずれにしろ、北下浦中学校ほど早く提供するのは無理だが、この方式でも、早ければ2018年の冬休み、遅くても2019年4月の新年度には提供が可能なはずだと考えている。
allergy.png
●アレルギー対応:部分対応
 厚生労働省の報告によれば、アレルゲンとなる物質は数多くあるものの、アレルギー反応を起こす方の数には偏りがある。パレートの法則(二八の法則)はここでも当てはまる。
 右記画像の通り、上位3位の卵(28.2%)、牛乳(22.6%)、小麦(10.9%)で全体の62%を占め、これに第4位のシャケやサバなどの魚類(6.6%)と第5位のそば(4.2%)を加えれば73%となる。ただし、対応範囲を広げれば広げるほど、コストもかかり、ミスした場合のリスクも拡がる。どこかで線を引かなければならない。
 ここは、三大アレルゲンである卵・牛乳・小麦に加え、症状が重篤な傾向があって食品衛生法でも特定原材料に挙げられている、そば・ピーナッツ・エビ・カニの4品目を加えた、7品目までを除去食対応の範囲とするのが適当だと考える。それで約3/4の方はカバーできる。それ以外の食品については、喫食時に自分で選別・除去して食べるか、自宅から代替品を持参するなどして対応してもらえばよいだろう。
 また、コンタミネーションやキャリーオーバー(醤油に使われている小麦など調味料などに含まれているもの)を完全に防ぐことには困難が伴う。それらについても除去対応しようとすれば、リスクはさらに増大する。とりわけ、加工品などに微量に含まれているものは、調理員側で注意しても防ぎきれるものではない。保護者や生徒に対し「万全な体制で臨みます」とカラ約束して、万が一にも表示されていない原材料が含まれていた場合、業者に賠償請求はできても、命への責任は取りようもない。また、配膳の際に給食当番の子がオムレツを配ったトングでサバも配膳してしまう、などということは容易に起こり得ることだ。であるならば、「コンタミネーションとキャリーオーバーについては対応しない」(除去しきれない)と明言しておいたほうが、喫食側・供給側とも、お互いのためによい。冷徹なようだが自己責任を徹底しないと命に係わる。

●全員喫食or選択制:1年区切りの選択制
 教育委員は既に基本方針において「全員喫食とする」としているが、おそらく彼らは大いなる勘違いをしている。食缶方式=全員喫食ではない。
 しかも、最終決定者は我々議会だ。教育委員会の方針に唯々諾々と従う必要はない。教育内容に口を出せば政治介入だが、給食費の取扱いなどについては教育環境の話であり、政治介入との批判は当たらない。
 いずれにせよ、給食費未納問題を防ぐためにも、西東京市方式を学んで選択制とする。ただし、西東京市では学期ごとに選択する方式としているが、本市では年度ごとで良いだろう。前期に頼んだ世帯は、ほとんど後期も頼む。事務負担は少ないほど良い。ただし、口座引き落としは、学期ごとのほうが良いだろう。
 また、放射能や農薬・添加物など食の安全性の観点から給食を望まない方もいる。さらに、給食では全ての食物アレルギーへの対応などできない。加えて、宗教上や健康上の理由から食べない食品がある方もいる。給食でハラル・ミートを扱うのは現実的でなく、ベジタリアンやヒンドゥー教の方の中には、豚肉に触れた食材も忌避する方もいる。
 加えて、牛乳についても選択できるようにしたほうが良い。主食・おかず・牛乳の3点セットが揃って「完全給食」だが、牛乳は日本人の1/4が乳糖不耐症と言われ、飲めない生徒も多い。アンチエイジングのために乳糖を避ける人もいる。
 このように多様な方がいる場合、「全員喫食が前提です。それ以外の方は給食が不要な事由を申請書に書いて提出してください」という対応をすべきではない。多感な思春期の生徒に「あれ、あたしってマイノリティなのかも」と意識させることは避けられるなら避けるべきだ。マイノリティであることには何の問題もないが、「みんなはマジョリティだけど、あなたはマイノリティだよ」的メッセージは不要である。最初から「給食は選択制です。理由は問いませんので、要るか要らないか年度の最初に全員書いて出してください」とするほうが良い。
 以上をふまえた結論としては、選択制の際の選択肢は4つだ。
A:完全給食を希望 1食300円前後
B:主食とおかずの部分給食を希望 1食250円前後
C:牛乳のみの部分給食を希望 1食50円前後
D:給食を希望しない 給食費不要

●将来について:長期的には全校で自校方式を目指す
 今後、どの学校も校舎の寿命がやってくる。校舎の建替えにあたっては、私は佐賀県多久市のように、小中合築とするのが最も効果的かつ効率的だと考えている。これは、なにも施設面積を縮減したいというだけではなく、教育の連続性や中一ギャップの解消、中学生の情操面などで効果が見込まれるからだ。このように小中合築とした暁には、自校方式が良いだろう。配送の時間的・費用的ロスも少ない。
 よしんば小中合築とせず中学校単独で建て替える場合でも、その際には自校方式に転換するのが良いだろう。

   〜   〜   〜
 以上が、本市の現状と他市の情報を総合した、私の考える最善の中学校給食提供方式だ。
 なお、地産地消や食育のあり方など、給食には他にも様々な論点があり、私も色々な主張を持っている。ただし、それらは当面の「給食の方式をどうするか?」と、直接は関係せず、方式が決まった後でいかようにも提言・変更可能だ。

 6年前、私がドンキホーテ状態で「中学校給食導入」を叫んだ時には多くの批判を浴び、各方面から「無理だ」と言われた。しかし、まさかこんな日が来るとは思わなかった。
 今回の視察報告は、自分の一丁目一番地の政策提言の総仕上げを兼ねた。いかに早く、費用効果的に、将来負担も少なく、なにより楽しい給食を供給できるかを考え抜いて書き出した。
 あとは、教育委員会の英断に期待したい。

 以上で、委員会視察の報告を終える。
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2017年06月19日

横須賀市長選は、小泉家のメンツをかけた代理戦争なのか?

bunshun.png 現在、横須賀市は市長選の真っ最中だ。ところで、国政との関連で、色々なことを言う人がいる。「小泉家のメンツをかけた戦いだ」などと報じる週刊誌等の記事も多い。
→「小泉進次郎が横須賀市長選に、上地雄輔の父を擁立」週刊文春
→「小泉家リベンジへ上地パパ担ぎ出し 横須賀市長選」日刊スポーツ
→「小泉家、お膝元で雪辱期す 上地雄輔さんの父擁立 鬼門の神奈川・横須賀市長選」産経
→「3連敗? 小泉進次郎の正念場 地元横須賀市長選候補「雄輔パパ」直撃」週刊朝日
 でも、実態は、そんなことではない。横須賀市民の今後を占う大事な選挙を、「小泉家の代理戦争」といった「矮小化&ワイドショー化」の構図に落としめないでほしい。私も、議会の中で様々な動きを見てきた。憶測ばかりの記事にうんざりしたので、きちんと書き残しておきたい。

 横須賀市議会・現40人中、33人の議員が「この市長に任せるわけにいかない」と判断した。自民党系も、公明党系も、労組系も、共産党系も、無会派もそれぞれ候補者を探した。なかなかいい候補者が見つからなかった。
 そんな中、「誰もいないなら、俺が立ち上がろう」と上地議員が手を挙げた。自民党系は逡巡した。なぜなら、上地議員は元々、故・田川誠一代議士の秘書だ。田川と言えば、中選挙区時代に小泉家とし烈な争いを繰り広げたライバル。自民党を離党して新自由クラブを立ち上げた遺恨もある。加えて、上地議員はずっと日米地位協定も改定すべきという考え方の持ち主だった。対米追従ではなく、むしろ真性保守。日米同盟重視の市議会自民党系とは肌合いが違う。
 それでも、「吉田では横須賀市はよくならない」と思うからこそ、国政上の立場を超えて、地域のために自民党系と公明党系と労組系が上地議員を支援することになった。共産党系は、上地議員ではなく、独自候補を擁立することにした。

 こうした中、自民党系の市議が、必勝を期すために自民党神奈川県11区総支部長である小泉代議士にも支援を求めた。自民党支部の中では、「あえて闘わなくてもいいのではないか」との消極論もあったと聞く。しかし、市議団の強い訴えがあって、支部として最終的に応援することを決めた。
 公明党も同様で、当初は県本部はあまり関わらない方向だったのが、市議団の強い意向もあって、最終的には推薦を決め、県本部を挙げて応援することとなった。
 労組系も、5人中3人は支援労組が既に吉田氏支援を決定していたが、市議として見てきた中で「会派・研政としては吉田氏ではダメだ」との結論に至った。3人は上地氏の応援はしないものの、支援労組にも仁義をきったうえで吉田氏を応援しないことにした。研政の声も受け、連携する民進党の大村県議も民進党県連に上地支援をとりつけた。
 無会派も、保守系無所属の青木議員や、8年前に吉田氏を応援した藤野議員も、上地氏を支援。神奈川ネットの小室議員も、上地支援はしないものの非吉田だ。

 以上が、上地氏出馬に至るおおまかな経緯だ。そこに、国の意向などない。地元支部や市議団の声で、国政政党の支援を取り付けたのが実態だ。
 国政政党が市政に関わってくることにアレルギーを持つ人も多いだろう。私も、「国は国、地方は地方」と考えるほうの人間だ。しかし、今回は構図が全く違う。国政政党が地方政治に介入してきているのではなく、地方政治側から国政政党の集票力を利用している構図だ。
 結論を菅官房長官的語法で言えば、「代理戦争との批判は、全く当たらない」。
posted by 小林のぶゆき at 16:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

いよいよ市長選。候補者の政策比較表をつくってみました

report24.png さあ、いよいよ本日が市長選挙の告示日となりました。投票日は6/25ですが、明日から期日前投票ができます。そこで、候補者の政策比較表をつくりました。判断材料の一つとして、どうぞご活用ください。
 →チラシ第24号(2017年6月18日発行)
 「緊急特集:市長選2017候補予定者の政策比較」

 各候補者とも、選挙前からさまざまなチラシを配っていました。情報の海の中で迷うことも多いと思います。そこで、基本的にはチラシから政策を抜き出す形で、一覧表にまとめました。
 ただし、講評や解説部分は、私の私見が入っています。チラシからは私見を交えずに抜き出していますが、講評が完全に客観・中立では、毒にも薬にもなりませんから、論点を明らかにしました。

 なお、4年前の市長選2013でも同様の内容で提供しました。
 →チラシ13号「緊急特集:横須賀市長選、争点は何か?」
 ただ、今回はあまりに内容が多く、いつものチラシにはとても収まらなかったため、A3サイズ特別号となっていますので、ご了承ください。

 さあ、初日から舌戦が繰り広げられていますが、耳を傾けて頂き、また見比べて頂きながら、これからの横須賀市のために悔いのない選択をしましょう。
 明日以降、かならず投票には行きましょうね!
posted by 小林のぶゆき at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする