美術館撤退論(前編) ~開館14年で132億円。芸術劇場並みの高コスト構造~

p100006171.jpg 先日の記事「芸術劇場廃止論(前編) ~なんと658億円! 30年分のコスト分析~」をご覧になった方から、「横須賀美術館はどうなのか?」とご要望頂いた。そこで、3月議会の合間に23年分の決算書と予算書を引っ張り出して引っくり返して、美術館についても同様の分析をしたので、ご覧頂きたい。

●横須賀美術館って何?
 横山市長時代に助役(今で言う副市長)だった沢田氏は、芸術劇場の計画に異を唱えたためにラインから外され、横山市長はもう一人の助役とこの案件を進め、沢田氏を蚊帳の外に置いたと聞く。そして、横山市長は芸術劇場の計画を確定させてから引退し、その後、沢田氏が市長に就任した。
 皮肉なことに、膨大な借金返済(市債償還)の後始末と、開館前後の繁忙という尻ぬぐいを、反対していた沢田氏が担わねばならなかった。ご苦労されたと思う。

 ところが、優れた経営者として横須賀市政に大きな足跡を残した沢田市長もまた、なぜか重たい置き土産を残していった。自らも画才を持ち美術への造詣が深かった沢田市長が、3期12年を務める中で感覚がマヒして自らの趣味を投影させたのか、横須賀市の文化行政として自前の美術館が必要だと本気で考えたのか、バブル崩壊後の経済対策として公共事業を打ったのか、それはわからない。おそらく全部だろう。ともかく美術館の建設を開始してから退任した。「横山さんがつくった芸術劇場の何分の1の建設費で美術館ができるんだ。それぐらい認めてくださいよ」と非公式に議員らに語ったとも伝え聞いている。
 その結果、横須賀芸術劇場・ソレイユの丘と並んで「ハコモノ3兄弟」とも呼ばれ、市長選や市議選の争点ともなったのはもちろん、蜜月だった某小泉家と某竹内家に亀裂を生む遠因ともなり、前市長の誕生の伏線ともなり、議会内でも美術館を巡って会派の離合集散が起きた。横須賀市政を大きく揺さぶってきた象徴的な施設と言えるだろう。

 かくして2007年4月に開館し、2020年度で14年目を迎えることとなる。この間、絶景美術館Top5へのランクインや、日本建設業連合会のBCS賞2008で受賞するなど、建物と景観は高い評価を受けてきた。一方、美術館としては格が低いため(交換に貸し出す価値の高い美術品をあまり持っていないため)、有名どころの作家の企画展が望めない代わりに、ウルトラマン展トリックアート展など知恵を絞った企画を数多く手がけてきた。
 中には、ラルク展1970年代ポップ音楽展など、当時、物議をかもした企画もあり、美術館側は「黒歴史」と思っているのか過去の企画展としては「なかったこと」になっている。私としては、前市長が主導したこの方向性を支持していたのだが、当時の政争の中で潰されてしまったのは残念だった。
「ハコモノ3兄弟」の概要
 【施設名】 【建設費】 【管理運営費】(争点化当時)
・芸術劇場  377億  5億5千万
・美術館    47億  3億8千万
・ソレイユの丘 36億  4億


●美術館22年間のフルコストは132億円!
22年分のフルコスト.png 結論から言えば、22年間で132億円かかっていた。
 これは開館までの6年間と開館後の14年間の合計だ。

 市民一人当たりで見ると、赤ちゃんからお年寄りまで一人約34,000円を負担してきたことになる。もしも「みんなから最初に20,000円を出資頂いて、毎年1,000円会費で美術館を作りたいんですが、一口乗ってくれませんか?」と言われたら、みなさんはその話に乗っただろうか? 大まかに言えば、横須賀市民はその話に乗ったことになっている。

 なお、「小林の言っていることは嘘なんじゃないか?」と疑う人が検証できるよう、22年分の決算資料を積み上げた元データを共有しておく
 →YokosukaArtMuseumLCA20200318.xlsx

イニシャル・コストとランニング・コスト.png この美術館については、建設費に47億円かかっていると言われてきた。確かに、沢田市長の言うとおり、芸術劇場に比べれば8分の1で、可愛いものだという気さえしてくる。
 ところが、今回の積み上げではイニシャル・コストとして69億円かかっていたことがわかった。その差額の最大のものが美術品16億円だった。16億円あれば、保育園待機児童が増えている中、保育園が4園も建つ金額だ。美術品は、安くないのだ。ここは、意外と見落としがちだったのではないか。
 とはいえ、その69億円のイニシャル・コストに、再来年にはランニング・コストが肩を並べそうだ。公共施設の寿命はおよそ60年とも言われるので、4分の1で上回ることとなる。「芸術劇場と比べると建設費や設備投資が安いから」とも言えるが、「ランニング・コストが高いから」とも言える。

●美術館のコストを分析してみた
年度別の投資的経費と経常的経費.png 経年変化を見てみよう。
 年度別の投資的経費と経常的経費を見ると、やはり10年も経てば修繕費用として建設・設備などの投資的経費がかかり始めることが見てとれる。

年度別の詳細費用.png もう少し詳しく費目ごとに色分けしてみよう。
 ただし、建設時の山が大きくて見にくいので、拡大してみる。
年度別の詳細費用(拡大版).png
 これを見ると、まず気付くのが、開館以後は一切、美術品を購入していないことだ。沢田市長が退任した後は、いわば親を亡くした継子のようなもので、横須賀美術館がかわいそうにすら思えてきた。
 ちなみに、16億円も払って美術品を揃えても、その程度では美術館としては二流・三流の格らしい。お金持ちのパトロンがいない美術館の悲哀と言える。新規投資をしてもらえない中、現場の学芸員らは、手持ちの美術品を使いまわして他の美術館と貸し借りしながら、様々な企画を組んでいたことがしのばれる。だからと言って、追加で美術品を買うべきだと言っているわけではない。ただ、美術館を持つには本来は覚悟が必要だったのだと改めて感じた。

経常収支分析.png ところで、運営費が3億8千万円前後と聞いていたが、収支を分析してみると、実際の支出は4億3千万円程だ。この差は何か?
 よく考えてみれば、芸術劇場の場合は、大小ホールの使用料や駐車料は委託先(指定管理者)の収入となっているが、市直営の美術館の場合は別途、市への収入として計上されている。
 入館料と駐車場代を合わせて毎年約5600万円の収入(経常収入)がある。これを支出(経常支出)と相殺すると、経常収支は約3億7800万円の赤字ということになる。このことだったようだ。
 ちなみに、収入/支出の経常収支比率で見ると、平均で13%だ。残りの87%は身銭を切って運営していることとなる。お店だったら倒産だ。しかし、どんなに来館者を増やしても、どんなに入場料を上げても、おそらく黒字になることはないだろう。美術館を行政支援なしで運営するには、大口のパトロンか、多数の小口寄付者が要る。そして、アメリカのメトロポリタン美術館なら大小集まるが、寄付文化のない日本では、いずれもかなり困難だ。

●美術館は「撤退」せよ!?
 私が考えるに、美術館は県から美術館用に借りている土地に立地していて、築年度も浅いため、廃止はできないだろう。そのため、「撤退」するのが良いのではないか。
 横須賀美術館のコストカットだけを考えるなら、指定管理に出して民営化したほうがいい。でも、おそらくコストカットを追うと、最初の「ソレイユの丘」の指定管理者のように質は悪化する。それで本当にいいのか?
 大きく3つの方向があるのではないかと思う。

(1)大企業との公民連携
 横須賀市のもとにあっては、せっかくの立地や建物と、創意工夫が巧みな学芸員さんらを活かせない。
 そこで企業にネーミングライツを提供し、ブリジストン美術館やポーラ美術館みたいな企業名を冠して、名ばかりではなく存分にその企業の創業者の資産で集めた美術品を存分に楽しんで頂ける場とすることはできないか? もちろん運営管理費と同額のネーミングライツ料を頂く条件とするが、企業にとっても自前で建てるよりはるかに安価に、実質的なオーナーになれる。横須賀美術館は、海沿いではあるがきちんと収蔵庫もあり、美術品の管理環境もそれほど悪くはないはずだ。
 土地は神奈川県から借りているが、あくまで売ったのは「日産スタジアム」のように名前だけで、市立の美術館ということに変わりはないため、追い出されないような言い訳は立つだろう。

(2)貸館化して企画屋さんとの公民連携
 横須賀美術館は、人口ひしめく首都圏にあり、誘客はしやすいのではないか。箱根みたいな温泉と美術館のパッケージもあり得る。
 そのため、もはや収蔵品や企画展で勝負することをやめ、事実上のハコ貸しに転じる方向性はあり得る。つまり、品格あるハイカルチャーは諦めて、ラルク展やアニメ展のような集客を見込めるポップカルチャー/サブカルチャーに舵を切り、自前の学芸員さんは持たず、企画屋さんにハコとして使ってもらうのだ。この場合、維持管理費とハコの使用料がトントンにさえなれば、観光客が増えてお金が落ちれば御の字、という割り切りもできる。

(3)Art MuseumからHistory Museumへの転換
 実は、美術館は博物館の一種である。「博物館法」上、横須賀美術館は「博物館」だ。
 英語で言えば、Art Museumが美術館、Memorial Museumが記念館。博物館、美術館、記念館、展示館のいずれもMuseumなのだ。
 横須賀市にとって、ArtよりもHistoryのほうが必然性がある。「横須賀」は日本の近代史にとって極めて重要な場所であり、シンボリックな地名だ。つまり、名前と収蔵品を替えて、転用してもいいのではないだろうか? 法律上の位置づけは変わらないので、地主の県も文句を言わないだろう。
 舞鶴市営の「舞鶴引揚記念館」のように、市として覚悟を決め、歯を食いしばってお金を投じるなら、「横須賀近代史博物館」のほうが市民理解が得られるはずだ。ひょっとしたら、観光集客にも役立つかもしれない。

 以上、改革案を書き出してみた。
 この前編では、今後の大規模改修費用や解体費、市債の利払い額(住宅ローンの利子に相当)は見込めていないので、今後、さらに調査を進めて、後編でまた考えを深めたい。
 ご意見がありましたら、どうぞお寄せください。

 →表をいじりながら詳しく見たい方はTableauPublicで公開してあります。

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