2018年01月15日

【会派視察報告:全国都市問題会議2017】横須賀市の、これまでとこれから。

 11/8〜11/10の日程で、会派・研政のメンバー5人で第79回全国都市問題会議に参加してきた。
 結論から言えば、全国都市問題会議には、金輪際、二度と視察をしないことをお約束したい。
 ただし、首都大学東京・山下祐介准教授の講演は聞くことができて良かった。企画が甘かったからといって、全てが役に立たなかったわけではない。

 まず、市民の皆様に反省の弁を述べたい。
 2015年に、初めて全国都市問題会議に参加し、中身の空疎さに懲りていたはずだった。
 →【研修報告前編】第77回全国都市問題会議に参加するも、費用対効果が疑問でした

 ただし、「充実していた回もあった」とも聞いており、次の点からも「今回は期待できるのではないか」と会派内で議論し参加することとした。
●今回の主題「ひとがつなぐ都市の魅力と地域の創世戦略 ―新しい風をつかむまちづくりー」
●合計特殊出生率が日本一の沖縄県
●観光立県の沖縄県
●横須賀と同様に基地問題を抱える沖縄県
●子どもの貧困への対策に力を入れる那覇市

 加えて、全国から多くの議員や首長が集まる歴史ある研究集会との安心感もある中で、しかし、期待は裏切られた。前回並みに空疎だった。
 参加費10,000円に加え、航空券&宿泊費で99,000円の税金を投じたにもかかわらず、議会活動を通じて市民に還元できる知見は乏しかった。
 私は、視察において、常に政務活動費の投資を上回るリターンを目指してきた。そして、これまでの成績としては、平均的にはかなり上回ってきたと自負している。しかし、今回「費用に見合うか?」と問われれば、「ひょっとしたら、どこか別の場で山下教授の講演会が聞けたら、それで良かったかもしれません」と答える他ない。
 市民の皆様、本当に申し訳ありませんでした。
 とはいえ以下、内容について報告する。

基調講演
 一昨年に全国都市問題会議に参加したとき、基調講演が登山家の人生論で、驚いたことがある。そして、今回も期待を裏切ってくれた。なんと、江戸時代の参勤交代の話だったのである。
 もちろん、話自体は面白い部分が多々あったし、歴史マニアなら垂涎だろう。しかし、ここは地域経営者の集まりだ。
 もしも、参勤交代話をするならば「参勤交代は、経済的にも文化的にも大いに意義があった。ついては、現代版参勤交代を導入すべきではないか?」という提起ならば話がわかる。また、参勤交代によって、現在の日本の都市軸ができたという話もうなづける。ただし、「では、今後どうするか?」につながらない話には、価値を見いだせない。
 少なくとも、私が、かなり穿った見方の洞察を引き出すとすれば、次のような内容だ。
 「参勤交代は各自治体に大きな負担も強いたが、日本全体としては交通インフラや宿場など都市機能の蓄積をもたらし、経済も活性化した。同様に、現代においてはこの全国都市問題会議のような機会を増やし、議員から首長・職員まで大挙して大尽旅行することで、ケインズ経済学で言うような公共投資効果があり、日本経済に良い影響がある。講や無尽のように、回ってきた開催地も豊かになるので、全国都市問題会議はもっと頻度を上げて開催せよ!」

主報告
 主報告は、開催地・那覇市の市長だった。
 冒頭、城間市長が「主報告をさせてもらえるのは、開催地へのご褒美だと思う」旨の発言をしたときに、「うわー、こりゃ期待薄だな」と感じたが、実際そうなった。
 大体において、首長の発表というのは、総花的な「やってます」アピールのオンパレードになりがちだ。那覇市だけでなく、あらゆる基礎自治体が、全方位の取り組みをしている。その中で参考になるのは、新しいことに挑戦した際の成功事例と失敗事例だ。だから、それを重点的に話してくれればいいのだが、往々にして焦点を絞りきれない。
 那覇市であれば、全国平均の1.8倍にものぼる子どもの貧困率への対策に絞って話をしてくれればよかった。とりわけ、同じくシングルマザーや貧困世帯の多い我が市には持ち帰るところが多かったはずだ。
 なにしろ総花で、深堀した話が聞けなかったので、持ち帰れるものに乏しい話だった。

一般報告
 一般報告1人目の首都大学東京准教授の山下祐介氏の講演は、今回の研修大会の中で最も得るものが多かった。
 示された視座の中で、印象的なものは次のとおりだ。

・職業威信の序列
 (東京が上・地方が下。高次産業が上・農林漁業が下)

・権力の集中に伴うカネの集中と人の集中

・地方創生を疑え
 (人口が増加している自治体は、取り組みが成功したわけではなく、交通や立地など構造的な影響のおかげ)

・転入促進で人口は増えない
 (市町村単位では影響があるが、全国的には人が移動しただけ)

・コンパクトシティを疑え
 (過疎化が進んだ地域の公共施設やインフラを削減すれば、さらに衰退が進むのではないか)

・行政計画と市民の人生がつながっていない
 (空間の地理的な計画だけではなく、時間の人生のサイクル的に響くメッセージが必要では)

・強まる、市民の行政への依存
 (都市部ほど、行政への依存が必要であり、子供も増えない。個人として自立している人ほど、共同体や地域からは自立していても、行政には依存せざるを得ないという矛盾)

・過剰な不安
 (団塊の世代は第二次ベビーブームを起こしたが、団塊ジュニアは第三次ベビーブームを起こせなかった)

 これらの視座を受けて、横須賀市の進むべき方向について思いをめぐらしてみたい。

横須賀市のこれまでとこれからを改めて考える
 2015年3月の本会議で会派・研政の代表質問を行った際にも述べたことだが、前市長時代に掲げた「選ばれるまち」は我がまちには合っていなかった。

 本市には、生産年齢人口の層に大挙して選ばれる条件は、今や整っていない。
 かつて、高度成長期に郊外化が進んだ時代。首都圏まで通勤圏で住宅が手頃に買えた本市は、まさに「選ばれるまち」だった。しかし、人口減少時代となり、都心部の地価下落傾向に伴い、近年は都心回帰が進んでいる。特に、川崎や武蔵小杉や辻堂のように、新しい駅ができたり工場の移転に伴って跡地にマンションが建ったりする場所が「選ばれるまち」となる。残念ながら、各市町村の努力とは無関係に、立地や交通インフラといった構造的・外的要因が大勢を決する。加えて川崎市や藤沢市は、実際は別として、子育て支援に力を入れているイメージもうまく訴求している。伸びている最中なので、投資する財源も生み出しやすい。ちなみに、本市から転出してゆく先も、その2市が多い。
 いずれにしても本市では、子育て世代のボリューム・ゾーンの転入は狙えない。

 本市が「選ばれるまち」として成立するには、よりマイノリティな嗜好を持った層を薄く広く集めるしかない。LOHAS、スローライフ、オーガニック、天然生活、サーフ、といった鎌倉・逗子・葉山と地続きなイメージで誘引することだろう。しかし、本市は、文化圏としては地続きだが、横須賀市という地名にそのイメージはない。だから、私は「みうら市」に改称するのも一つの方法だと考えるが、なかなかそうも行かない。ついては、プリンで有名なカフェ・マーロウやミシュランで有名なホテル・音羽の森のように、横須賀市という地名をひた隠しにして、秋谷や津久井といった市内のサブ・ブランドで勝負するのもひとつの方策となろう。
 そういった誘引は、それはそれで淡々とやっていくのだ。しかし、劇的な課題解消は望めない。だから、本市を「選ばれるまち」として「都市イメージ創造発信」し、他市と競争するのは、労多くして益少ない手法だった。このムズムズ感を、何度も議会で指摘してきたが、ようやく明快に言語化できた。

 地方創生の名の下、国によって地方は競わされている。そんな市町村間の人口奪い合いゲームのレッドオーシャンあるいはチキンレースに、本市が首を突っ込む必要はない。大事なことは、「市民の安心感」だ。
 まちは、民間企業とは違う。基本的に、つぶれることはまれだ。もちろん、夕張市のように破綻して行政サービスを大幅に切り下げるまちも中にはある。しかし、本市はそんな状況では全くない。こう言っては悪いが、そこは三浦市とは違う。
 かつて、「このままでは、第二の夕張になる」と危機を煽った市長もいたが、結果として失敗だった。もちろん、財政健全化のための意識啓発には役立った。しかし、後知恵で申し訳ないが、そのメッセージは、まちに対する「市民の安心感」を阻害するからだ。
 大切なことは、「このまちなら安心」「将来はもっとよくなる」「幸せに子育てができる」といった“気分”だ。夢や希望と言い換えてもいい。「行政経営者が、根拠もない“気分”“夢”“希望”を語るな!」と言われるかもしれない。しかし、行政のお客さまは住民という人間だ。人間は、感性の生き物である。飲食店を選ぶときに、味と量と値段だけでは選ばない。内装、店員、窓の景色、料理の見た目、客層……そんな雰囲気全体で選ぶ。であれば、暮らすまちも同じはずだ。そのまちで暮らす自分や家族が幸せそうかどうか、全体的なイメージで選ぶ。
 その意味で、本市は現時点での住民満足度が決して低いわけではない。アンケートでも82%の市民が満足している。ただし、将来への漠然とした不安が払拭できていない。むしろ、かきたてられ続けている。「人口流出日本一」「まだまだ進む少子高齢化」「水道代・健康保険料・介護保険料の値上げラッシュ」「ハコモノ三兄弟」「市の借金3000億円」「第二の夕張」「過剰なハコモノの負担が子どもたちの肩に」……。こうした言葉が街頭でも新聞でも踊り、いやおうなく将来不安は募っていくばかりだ。この意味では、私も思いっきり不安をあおってきた面は否めない。大いに反省しなければならない。
 しかし、以前「データで考える2050年の横須賀」(→チラシ →街頭プレゼン)でも紹介したように、ファンダメンタルズ的には本市の将来は決して暗くない。日本を先取りするまちだから他市より先に落ち込んだだけで、あと数年で底を打つ。経営の舵取りを間違えなければ、ソフト・ランディングできるまちだ。そして、適切に投資をすれば、再浮揚もできる。それが本市だ。

 この観点で言えば、個々の能力への評価は置いておくとして、昨年6月の市長選の結果は、あるメッセージだ。
 将来世代への投資を控え堅実なカイゼン型経営をしてきた前市長には、ある種の暗さがつきまとっていた。それは、法的にグレーな行為が100条委員会で問われたことを抜きにしても、「選ばれるまち」という競争ワードに終始し、明るい将来を描いて訴求することができていなかったことがやはり大きいのではないか。
 一方の現市長には、明るさがある。「横須賀復活〜Make Yokosuka Great Again〜」と銘打って、様々な投資プランをぶち上げた。中には、到底実現が難しい京急久里浜線の複線化といった荒唐無稽なものもあり、途中で政策チラシから削除したりもしている。しかし、市民はその明るい将来の“気分”を選んだのではないか。

 景気についても、結婚して子供をつくるかどうかについても、人間だから“気分”が左右する。
 よそのまちと競い争う必要はない。いま、本市に住んでいるみなさんに、「このまちなら安心」「将来はもっとよくなる」「幸せに子育てができる」といった“気分”を持ってもらうこと。そのための、適切なメッセージを発すること。そして、政策・事業でメッセージを裏付け、“気分”を実感していただくこと。それが、横須賀市の行政経営者の仕事ではないだろうか。

 そんな洞察を得た講演だった。


 その後、他の一般報告やパネルディスカッションもあったが、本市に活かせそうな視座としてはあまり記憶に残っていない。そのため、駄文を連ねても仕方がないため、以上で視察報告の筆を置きたい。
posted by 小林のぶゆき at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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