【視察報告後編】住むあてもない被災地の巨大公共事業は優しさなのか?

 3日目最終日は、宮城県の海岸沿いの視察です。東日本大震災時に津波で被災した場所を2011年5月に研政の方々が視察したそうなのですが、その後を見るという趣旨でした。
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 まず、仙台港。
 震災直後には壊れた自動車が山のように積まれ、護岸も壊れて、ひどい有り様だったそうですが、ほとんどその面影はありませんでした。復興を遂げたと言えるのでしょう。
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 次に、石巻市。
 通りがかりに、津波避難タワーもあって見てみたのですが、武骨で異様な気もしました。思うに、専用施設でなくてもいいんじゃないか? 地域施設や介護施設などを高層で整備し、いざとなれば高層階に逃げ込むことができるような冗長性を確保した設計とする方法もあるのではないか? そんな気もしました。
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 また、旧門脇小学校校舎も訪ねました。震災遺構か何かとして将来的に残して保存するとのことでした。
 周辺はあたり一面、むき出しの土地が広がる荒涼たる風景。写真の、神社跡地のような場所だけが手つかずで残っていました。かつては多くの民家があったようで、4年半前には海岸線に沿った街並みがガレキの山に変わっていたそうです。現在、ガレキはきれいに片付いてはいるものの、4メートルほどの高さの防波堤をつくり、その陸側に、あちこち土盛りをしてかさ上げをした住宅地を整備している最中でした。もうすぐ5年になろうとしているのに延々工事をしてきたわけです。
 これほどの大事業に国民の税金を投入したところで、地域に住んでいた人々の生活は良くなるのだろうか? インフラ公共事業に投資すべき地域も、確かにあるだろう。しかし、津波災害の苦い記憶があって、もはや住むことを忌避される地域もある。だとすれば、利用度と利用者密度の低い場所に巨費を投じるよりも、そこに住んでいた方々に手厚く生活再建費用を支給してあげて再出発を応援したほうがいいんじゃないか? そのほうが満足度も高く、国民の負担も小さいんじゃないか? まちの復興ではなく、まず人の復興をすべきなんじゃないか? そんなことを考えざるを得ませんでした。


 今回の視察報告は以上です。

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