「敗戦」記念日に。

 今日は、「敗戦」記念日だった。

 世の中では終戦記念日と呼ぶ人が多いが、言葉は大事だ。「名は体を表す」と言うように、認識は名に引きづられる。
 70年前のこの日、日本はポツダム宣言を受諾して「敗戦」したのだ。

 ところで、「敗戦」とはっきり言わなかったからこそ、日本は戦後の反省ができていないのではないだろうか? ここで言う反省は、なにも「侵略した国々に謝罪し続けろ」ということではない。文字通り、過去を振り返って何を改めるべきか省みるということだ。

 日本は、本当の意味では反省していないのだと思う。


 反省していない日本を、とりわけ沖縄への態度に見てとることができる。
 戦中、日本は「八紘一宇」「天下を一つの家に」などと言って、アジアの国々を侵略していった。そこにあるのは、パターナリズム(親父の言うことを聞け主義)であり、今も変わっていない。
 パターナリズムは、官僚に対してよく使われる言葉だ。「俺がいいようにしてやる。だから、俺の言うことを聞け」という具合に、官僚は「愚かな」民の声を聴かずに「優れた」官僚がレールを敷くことを好む。「由らしむべし。知らしむべからず」というわけだ。
 日本は、明治維新以降、官僚をありがたがる国になった。官僚批判は熱心にするものの、それは「御上」に文句を言うだけで、基本的には民は官僚に依存しているため、依然として官僚が強い。この明治官僚的なパターナリズムを日本は戦中も戦後もずっと引きずってしまっているように思われてならない。(私の認識には司馬遼太郎『翔ぶが如く』の影響も多分にあるかもしれない)
 その結果、「アジアの一等国」である優れた日本が、遅れた「二等国たち」に対して「俺がいいようにしてやる。だから、俺の言うことを聞け」という態度を戦前・戦中にとった。これが今なお糸を引いている。戦後50年の節目に村山談話でお詫びをし、反省をしたはずだった。しかし、今なお海外から「日本って、今でもわかってないんじゃないの?」という疑念の目を向けられるのは、日本の指導層に本当にわかっていない人間が少なくないためだと思う。
 そして、日本から独立を果たした国々はいいとして、問題は日本の中に残った「二等国」だ。それは琉球国、つまり沖縄だ。沖縄は、今なおヤマトの政府から「俺がいいようにしてやる。だから、俺の言うことを聞け」という態度をとり続けられている。ヤマトの態度は、政治判断で好転しようとした時期もあった。2009年の政権交代直後だ。しかし、官僚の巻き返しに遭い、ひっくり返された。やはり官僚は強いし、自分たちのボスである政治家に対してさえ「俺がいいようにしてやる。だから、俺の言うことを聞け」という態度をとるんだということがあからさまにわかった一件だった。
 かつて日本に侵略された国々は、日本が沖縄に対して何をしているか、注目しているのではないか。米軍基地の97%を押し付け、普天間返還の代償も、依頼主である米国が望んでいるわけでもないのに引き続き沖縄の辺野古に負わせようとしている。しかも、ヤマトの土地では決してとることのない強権的な振る舞いを以ってそれをしている。ヤマトでは、立川や成田など各地の土地収用で強権的手法の代償が大きいことに懲りており、国内でそれを続ければ社会的安定がもたないことをつぶさに学んだ。だからこそ、「国外」である沖縄なら大丈夫だとふんでいるわけだ。独立した国々は「もしも、日本の中のままだったら、沖縄みたいになっていたわけか」と思うだろう。そして、「やはり日本は、戦中に何が日本の道を誤らせたのか理解していないんじゃないか?」と感じているはずだ。そう。たぶん、日本は本当に理解していないのだ。


 日本は、本当の意味で反省していない。だからこそ、安倍のような復古的な全体主義者の増長を許してしまった。彼は実に象徴的な人物だ。本当の意味の反省、その意味すら理解していないまま、「戦後レジームの脱却」と言っている。
 こうした複雑な歴史や外交の文脈を理解するリテラシーが低い人物。国際社会が何に問題意識を持って眺めているかを本当に理解していない人物。その人を首相に選んでいるということが、現代日本を象徴している。
 そして、本当の反省をしなかったことが、ヘイト連中やネトウヨ連中がはびこる素地を残してきてしまった原因ではないか。


 敗戦から70年。だが、いわばあのときは日本国民が敗けたわけじゃない。国体としての政府が国と国の争いに敗けたのだ。国民は再び立ち上がれた。
 敗戦当時は、十分に民主政治ではなかった。だから、敗戦したと言っても、日本国政府が敗れただけで、日本国民が敗れたわけではなかった。民は、自らに責任があるとは思わなかったから、すぐ次に向かえた。
 しかし、忘れてはならない。次に戦争が起きたら、今度こそ国民の責任が問われる。安倍首相に責任を押し付けるわけにいかない。なぜなら、国民が自民党を選び、彼による為政を許したのだから。
 国民をまもるために尊い命を投げ出した方々や、国の誤りのために命を落とさざるを得なかった方々。その無念や願いを忘れることなく、非戦の誓いを新たにしたい。我々はつい忘れがちだが、自分自身が現在の日本の主だ。この国が舵取りを誤らぬよう、主権を行使しよう。

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