公共事業で子供が死ぬ日本 ~児童労働公共事業の衝撃と、行政の社会的責任(GSR)~

 今週末、久々に企業の社会的責任(CSR)についての講演をすることになり、2012年10月に行政の社会的責任(GSR)についてのレポートを書きかけていたことを今さらながら思い出しました(苦笑)
 せっかくなので今日仕上げましたので、よろしければご覧ください。
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公共事業で子供が死ぬ日本

~児童労働公共事業の衝撃と、行政の社会的責任(GSR)~

■行政発注の事業で児童労働ということの意味
 中学校での工事の最中に、中学生が死んだ。その学校の生徒が、たまたま巻き込まれたのではない。労働災害である。つまり、行政が発注した公共事業で、なんと児童労働が行われていたのだ。しかも、その子供が労災で亡くなる事態となっている。「先進国の日本でそんなことがあるのか?」と、にわかに信じがたい事件である。
 行政にとって、「発注先の建設業者が違法なことをしていただけ」で済まされるだろうか?
 かつてはそれで済んだかもしれない。しかし、もはやそんな時代ではなくなりつつある。

■足利市の中学3年生が、桐生市で児童労働災害死
 事件の概要は、こうだ。

・「工事中、バイトの中3死亡 群馬・桐生で壁の下敷き」
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120806/crm12080623560009-n1.htm
 群馬県桐生市の中学校体育館の工事現場で6日、アルバイト中の栃木県足利市の中学3年、石井誠人君(14)が崩れた壁の下敷きとなり意識不明の重体となる事故があり、石井君は7日、搬送先の病院で死亡した。
 桐生署によると、石井君は6月ごろから群馬県太田市の会社でアルバイトとして働いていた。労働基準法は「15歳になって最初の3月末」まで原則として雇用を禁じており、事故原因と雇用の経緯を調べている。
 事故は6日午後2時40分ごろ、体育館の耐震改修工事によるがれきの撤去作業中に起きた。石井君は、人手が足りないため急きょ呼び出されたという。
 消防によると、石井君の年齢は119番で「18歳」と伝えられた。(産経ニュース2012.8.7)

 他社も同様の記事を報じている。
・群馬・桐生の工事現場事故:足利の中学生、バイトで死亡
 http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20120808ddlk09040100000c.html
・群馬県警が労基法違反容疑で建設会社捜索 工事バイトの中3死亡事故
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120808/crm12080800240000-n1.htm
・工事現場中3死亡 学校がバイト容認、別の生徒も作業
 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/582640/
・中学生死亡事故で就労有無を調査 栃木・足利市
 http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/318046

 多くの報道では、直接の違反者である建設会社と、知っていながら不作為の罪を犯した足利市教育委員会の責任を問題にしている。
 ところで、発注者である桐生市役所は「お咎めナシ」で良かったのだろうか?

■児童労働でボイコットに遭ったナイキ
 かつてスポーツ用品のグローバル・ブランド、ナイキがボイコット(不買運動)に遭ったことをご存じだろうか? 理由は児童労働の問題だ。ただし、アメリカの販売店で子供が働いていたわけではない。靴やサッカーボールなどの製造地、つまり途上国の工場において、幼い子供などが働いていたのだ。それも、ナイキの自社工場ではない。ナイキは工場を自前で持たない(ファブレス)業態なので、製造委託先のいわゆる搾取工場(Sweatshop)である。
 中には、「自社じゃなくて委託先が起こした問題まで、責任を問われなきゃいけないのか?」と疑問を持つ方もいるだろう。しかし、結果から見れば、責任は問われた。
 1997年にメディアがこの問題を取り上げると、それをNGOや学生らが問題視し、ボイコットのキャンペーンを張った。「子供を働かせて作った製品を売るなんて、企業としての社会的な責任を果たしていない」というわけだ。
 ナイキは対応に追われた。製造委託先に、子供が働くことがないよう求めた。また、子供が働くということは、親の収入が少ないことの裏返しであるから、労働者にまともな給料(Living Wage)を払うことも調達先に求めた。最終的には製造委託コストを上げたりすることで吸収したのだろうが、いわばそれは本来支払うべきだったコストだとも言える。
 これは、企業の社会的責任(CSR)が問われるようになった典型的事例として知られる。

■民間で進むサプライ・チェーン・マネジメント
 こうした背景から、民間企業ではサプライ・チェーン・マネジメント(調達網管理。以下「SCM」)の取り組みが進展している。
 SCMは、主にQCD(Quality品質・Costコスト・Delivery納期)について調達先を管理するものだが、今では「品質」の範囲が広がっている。製品の出来の良さといった「見える品質」だけでなく、製品を作る際に環境汚染を引き起こしていないか、劣悪な労働条件の下で作られていないか、といった「見えない品質」も問われるようになっている。つまり、倫理(Ethic)や環境(Environment)も対象となるので「E」を加えQECDとも言われる。
 SCMの範囲も、直接取引の一次調達先に留まらなくなっている。アパレル業であれば、一次調達先の縫製工場だけでなく、主要な素材については二次調達先の生地工場や染色工場なども対象となってくる。もちろん、製品の品質を確保するために調達網をさかのぼって指導することは、以前から行われてきた。しかし、近年では人権面や環境面でもSCMが行われるようになっているのだ。
 代表的な例が、小売最大手のイオンだ。イオンは、2003年に「サプライヤー行動規範」を示し、取引先にこうした問題への対応を求めてきた。*1 さらに、2004年には国内小売業初のSA8000という人権や労働の国際規格の認証も取得している。*2 製造業では、ソニーが早期から取引先に対して調達基準を示してこの問題に対応してきた。*3
 近年では、2015年1月にユニクロの製造委託先工場(中国)での労働法規違反や劣悪な労働環境の問題をNGOが指摘した。ユニクロは同月、NGO側と会合を持ち、対応を約束したという。
*1:http://www.aeon.info/environment/social/coc.html
*2:http://www.aeon.info/environment/social/sa8000.html
*3:http://www.sony.co.jp/SonyInfo/csr_report/sourcing/supplychain/index.html

■「行政サプライ・チェーン・マネジメント」の可能性
 ところで、民間のようなSCMは、はたして行政にも求められるようになるのだろうか?
 一つ、民間と行政が決定的に違うのは、「行政はボイコットに遭わない」ということである。購買は自由だが、納税は義務だ。気に入らない会社の商品は買わなければいいが、官庁や市役所がどんなにひどいことをしていても税金の不払いをするわけにいかない。
 ただし、行政においても現在、SCMが進展しつつあるのは確かだ。

(1)グリーン購入法
  2001年4月よりグリーン購入法が施行されており、国・地方とも行政は環境負荷の低い商品・サービスを優先的に購入することが義務付けられている。
(2)EU・米・豪の木材調達規制
  アメリカ・EU・オーストラリアでは、違法伐採の木材調達を法で禁じている。調達した場合は、罰則規定まである。こうした国際社会の動向を受け、日本でもグリーン購入法の中で違法伐採の木材を避ける規定が設けられたが、海外に比べ緩やかであり罰則規定はない。日本の「本気度」が問われている。
(3)公契約条例
  行政が工事や業務等を発注するときに、値段や品質だけで選ぶのではなく、「下請けや孫請けの作業員にもきちんと最低賃金が支払われているか?」など労働・人権・環境面などをチェックし、いわゆる「官製ワーキングプア」を生まないための制度。全国の市町村・都道府県で条例化するところが増えている。
(4)東京都「グリーン電気」調達
  グリーン購入の一環として、電力調達において温室効果ガス排出係数で0.392kg-CO2/kWh未満を条件にして、2007年度から入札により調達を開始した。

 日本の行政においては、こうした取り組みの端緒こそ見られるが、まだまだ国際的な持続可能性や社会的責任、ESGの文脈で語られることは少ないように思われてならない。今後、十分に研究がなされるべきテーマと言えよう。

■民間の手本となるのが行政の社会的責任(GSR)のハズ
 ただし、上記に挙げたような調達先を通して間接的に良い影響を与える取り組み以前に、自身の直接的な行為自体に問題がある行政機関も少なくないようだ。
 多くの市町村が厳しい財政状況の中、人件費を削減すべく正職員の減員および非正規職員による代替を行っている。こうした中、多くの市町村でグレーな雇用慣行が横行している。
 本来は地方公務員法22条の規定により6か月以上の臨時任用はできない。追加で6か月の更新はできるとはいえ、最長でも1年までしか臨時任用はできないはずである。ところが、私が経営に携わっている某Y市役所においても、10年以上もの間、臨時職員として勤務し続けている者がいる。
 なぜ、そんなことが可能なのか? つまり、「継続」雇用ではないのだ。昨年の契約と今年の契約の間に1~2か月の空白期間を設けることにより、「継続」ではないという体にしているのである。このほかにも、最長3年間の契約期間の非常勤職員が契約を繰り返すケースや、社会保険を払わないで済むよう契約期間を調整するケースなど、さまざまな「工夫」が行われている。法を字義どおりには守っているが、「法の精神」を無視した表面的コンプライアンス対応だ。ありていに言えば「脱法」である。
 ところで着目すべきは、これが民間ブラック企業の話ではない、ということだ。いやしくも行政の振る舞いである。本来であれば、民間に範を示すべき立場の行政としてあまりにも恥ずべき所業と言わざるを得ない。
 本来は逆だが、先行する企業のCSRの取り組みをお手本に謙虚に学ぶべきだ。発想を、表面的コンプライアンス対応から、行政の社会的責任(GSR:Government Social Responsibility)へと転換し、積極的な役割を果たすことが求められよう。

■行政のもつ影響力を、未来のために
 私自身、2012年9月の横須賀市議会総務常任委員会「所管事項質問」にて、SCMの問題をぶつけてみた。「公共事業の発注先だけではなく下請けや孫請けでも適切な賃金や労働条件が守られるよう検討すべき」との質問に対し、担当者は「研究させて頂きたい」と答弁した。今後の研究成果が楽しみである。
 労働基準監督所とは違い、市に査察や指導の権限がないのは確かだ。しかし、それは民間とて同じである。査察や指導の権限がなくとも、ソニーのような最終製品メーカーやイオンのような小売業の要求に調達先が従うのは、「カネを出す者は強い」からである。つまり、購買力(Buying Power)を行使して、マーケットの中で影響力を及ぼしているのだ。そして、この購買力は一人ひとりの消費者の購買力に裏打ちされている。
 行政は、市民の税金を背景にした購買力に加え、市民の負託を背景にした政治力にも裏打ちされた、大きな影響力を持っている。この影響力を、どう行使するか?
 今こそ、未来を見据えた行政の社会的責任のあり方を考える時期だ。
以上

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