参院選得票数ランキング(三宅洋平ショック)への反響に対して

rank2013.png 過去記事「参院選2013得票数ランキングから見えてくるもの~最多得票落選者、三宅洋平の衝撃~」に対しての反響が大きく、驚いています。当Blogへも普段の100倍近いアクセスがありましたが、これもネット選挙解禁によって政治への関心が高まっている表れでしょうか?

 さて今回、メールやFacebookなどで、様々な質問やご意見を頂きました。個別にお返事したものもありますが、せっかくなので主な内容をこの場でも共有したいと思います。
1.なぜ得票数の少ない人が当選して、三宅さんが落選するのか?
2.個人得票の多い人でも落選してしまう。
  そんな選挙制度はおかしいのではないか?
3.既得権団体がバックについた候補者ばかりが当選する。
  これは問題があるのではないか?
 以上、大きく3点について、お答えしたいと思います。

1.なぜ得票数の少ない人が当選して、三宅さんが落選するのか?
 ご存じのとおり参議院選挙には、県ごとの「選挙区」と、全国区の「比例区」があります。この全国「比例区」は、政党(や確認団体)ごとに、得た票に「比例」して議席が配分されます。今回は、緑の党の候補者と政党の得票が全体として少なかったから、三宅さんは落選したわけです。→制度について詳しくはコチラなど

 歴史に「もし」はありませんが、重要政策で共通点のある生活の党、みどりの風、緑の党、新党大地が、合流しないまでも一緒に「市民派大連合」とでもいった政治団体を作って「統一名簿」で戦っていれば、緑の党の三宅洋平さんに加えて、生活の党の山岡賢次さん・みどりの風の谷岡郁子さん・新党大地の鈴木宗男さんのいずれかも当選できた可能性が高いです。「統一名簿」に対しては「野合」との批判もありますが、自民党に派閥があるように「市民派大連合みどり派」とか「「市民派大連合生活派」という派閥があると考えれば似たようなものです。
 また、緑の党と新党大地は確認団体の要件を満たすために10人以上を擁立したわけですが、他の政党と組んでいれば候補者を2人程度に減らせたはずです。そうすれば、その分の供託金一人600万円(選挙区は300万円)と選挙活動費で、それぞれ合計5000万円以上を有力候補に重点配分でき、当選可能性を高められたでしょう。

 バラバラに分かれて戦っては、「一強」自民党に対抗できない。そのことを衆院選2012で学ばなければいけなかったのですが、活かされませんでした。「三本の矢」の訓話のとおり、各党で力を合わせてほしかったものです。今回、私がこの得票数ランキングを示した背景には、このことを多くの人に気づいてもらえたらという狙いもありました。

2.個人得票の多い人でも落選してしまう。
  そんな選挙制度はおかしいのではないか?
 私自身は「現在の参院選全国比例区の制度を変える必要はない」と思っています。

 第一に、衆議院の小選挙区制と違って、少数派の声も反映できる制度です。しかも、ブロックごとに分かれた衆院選の比例代表よりも、参院選の全国比例区は少数派にとってより有利です。「良識の府」に多様性を確保するにはいい制度です。

 第二に、政党・確認団体がなければ、完全に個人票だけになります。こうなると、有名人や組織がバックについた人しか当選できなくなりがちです。三宅さんのような例は、ごくまれと言っていいでしょう。有名人でもなくバックもないので、個人票はそれほど集められないいけれども、政党の看板で当選できる。そんな道もあっていいと思います。
 また、政党から出馬することで、政党という組織の中で揉まれ、認められた人という「品質保証」にもつながり、有名人が有名というだけで当選できてしまうケースを避けられる面もあります。まあ、日本の政党は、欧米のように党内の公開討論や予備選挙などをあまりしないので、本当に「品質保証」できているのかは別な話ですが。
 とにかく、参院全国比例区は、現在の国政選挙制度の中で最もネット選挙時代にも合っていますし、合理的な制度だと思います。

 もっとも、公職選挙法を改正して、「世界一高い」と言われる供託金を下げる必要はあると思います。また、欧米各国のように戸別訪問をOKにするなど、お金のかからない選挙・自由度の高い選挙ができるよう、抜本的な改正が必須だと考えています。

3.既得権団体がバックについた候補者ばかりが当選する。
  これは問題があるのではないか?
 私自身は、業界団体や労働組合、宗教団体から応援してもらうこと自体は、悪いことではないと思います。それぞれの団体の構成員もまた国民であり、それは、一人一人の国民から応援を受けることと「質」的には変わらないからです。

 ただし、「質」的には違わなくても、「量」的にはかなり違いがあります。多くの政治家は、どうしても人数が多くて声の大きい団体の声にばかり耳を傾けてしまいがちだからです。そして、一人一人の国民の声が届かなくなってしまう。だからこそ「政治家は、既得権団体の利益代表だ」と思われてしまうのでしょう。

 そこで以下、いささか理想論ではありますが、私がこうあるべきと思う姿について書きます。

●政治家について
 結局のところ、各種団体から応援を受けること自体の是非よりも、応援を受けた政治家がどんな振る舞いをするかが問題だと思います。
 応援してくれた人への互酬型(見返り型)の政治では、もちろんダメです。国会議員なら国民全体の代表、市議会議員なら市民全体の代表ですから、「応援してくれた人だけでなく、全体を考えて政治をしているか?」がポイントだと考えます。

●メディアについて
 ただし、それを国民に「把握して見抜いてください」と言うのは酷だと思います。かく言う私も、全ての候補者について「国民全体を考えている? 自分の団体のことばかり?」を把握するのはムリです。
 ここで重要なのが、メディアの役割だと思います。日頃から、利益代表として振る舞う議員を見抜いては、批判を加える。そんな、アメリカにおけるマイケル・ムーアの番組『Awful Truth』(ありえねーマジな話)みたいな、健全なジャーナリズムがあれば、国民も見抜けるはずです。
 とはいえ、最近の自民党に対するメディアの弱腰姿勢を見ていると、なんとも期待薄ですが……(苦笑)。

●各種団体について
 また、各種団体のほうも、「俺たちは議員生命の生殺与奪を握っているんだから、俺たちの言うことを聞け!」と、応援した議員を手足のように操るべきじゃない。「議員一人一人が、国民全体の代表であり、全体を考えて判断する人なのだ」という敬意を持つべきだし、逆にそういう人を送り出せた自分たちの団体に誇りを持ってほしいと思います。
 ただし「少数者である自分たちの声に積極的に耳を傾けてほしい」と願うのは当然だと思います。議員側にも少数者の声を国会に届ける責務があると思います。とはいえ、あくまで、国民全体への奉仕者としての議員の判断は尊重すべきでしょう。
 このことは、偉そうに書いていますが、実は自分を応援してくださった団体から学んだことです。実は前回の市議選で、私もある労働組合から推薦を頂きました。正直に言えば「特定の団体から応援頂くことで、いろいろと縛られるのではないか?」と、最初は迷いました。しかし、「応援はするが、見返りは求めない。私たちの悩みも知ったうえで市民全体の代表として仕事してほしい」という旨を最初に言われ、そのスタンスを貫いて下さっています。
 私のように支援者に恵まれる政治家は幸運だと思いますが、本来、個人個人が政治家を応援する場合でも、そうあってほしいと思います。なお、過去に何かトラブルがあったわけじゃなく、一般論としてお話しています(笑)。

 ちなみに、池上彰氏の選挙特番での発言で話題になったように、公明党の支持母体が創価学会であることはよく知られています。日本では、宗教団体が政治に関わることへのアレルギーが強いようですが、世界的には先進国・途上国を問わず一般的ですし、自分たちの価値観を政治に反映しようというのは、ある意味では自然な動機だと理解できます。
 むしろ、「見返り型政治」という意味では宗教団体より業界団体のほうが、かつては悪弊が大きかったように思います。そして、最近で言えば宗教団体よりも、偏狭なナショナリズムや各種の原理主義の弊害のほうに厳しい目を向けてほしいと思っています。


 以上、ご質問・ご意見頂いた問題意識に応える中で、自分の考えを整理しましたので、ご紹介します。

この記事へのコメント

  • 新倉

    「応援はするが、見返りは求めない。私たちの悩みも知ったうえで市民全体の代表として仕事してほしい」
    感動的な言葉ですね。
    そんな関係の労組と市議がいる横須賀の街を誇りに思います。
    2013年07月25日 13:33

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