2018年01月25日

【中学生にもわかるセイジの話】まとめ(Vol.31〜40)

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.31】
地方議員は1%の支持で当選できる。2%ならトップ当選だ。
地方議員になるには、誰にでも愛想を振りまく必要はない。有権者の100人に1人。1%の人があなたを選んでくれればいい。99%からどんなに嫌われようが関係ない。たとえば横須賀市議選の場合、有権者34万人の1%は3,430票。前回の最下位当選は1,921票だから、1%なら余裕で当選できる。ちなみに、有権者の2%は6,860票で、前回のトップ当選が6,626票だ。この「1%の法則」と「2%の法則」は、大半のまちで当てはまる。自分のまちの選挙結果で確かめてみよう。*
*ただし、これは大選挙区制の一般市区町村の話。ごく一部のまち(中選挙区制の都道府県や政令市)には当てはまらない。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.32】
首長選や衆院選のような1人を選ぶ選挙では、敵をつくらないことも大事。
前回、地方議員は1%の得票で当選できると書いた。ただし、首長選や衆院選は別だ。首長も小選挙区も1人を選ぶ選挙。有効投票数の40?50%は獲得しなければならない。1%のファンならつくれても、50%のファンはなかなかつくれない。むしろ、たとえ誰一人好きになってくれなくても、半分以上の人が「他の候補者より、まだマシかなあ」と思ってくれればいいのだ。だから、比較優位に立つには、まずは嫌われないことも大事になる。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.33】
政治家は年賀状を出してはいけない。
政治家は、自分の選挙区内の有権者に年賀状や暑中見舞などを送ることが公職選挙法で禁じられている。理由はいくつかある。第1に、政治家をしばる公選法の精神は「政治にお金がかからないようにすること」だ。この人に送ってあの人に送らないわけにはいかない。そうすると大量になり、1枚62円とはいえかなりのお金がかかるため禁止している。第2に、政治家からの挨拶ハガキは「選挙のときには応援よろしくね」という意味にとられる。これは選挙期間外の「事前運動」と見なされかねない。第3に、年賀状や暑中見舞のハガキには当たりくじもついているので「利益供与」にもなりかねない。だから、年賀状をよこさない政治家は、礼を欠いているのではなく法を守っているのだ。ただし、もらった年賀状などに返事のハガキを手書きで出すことは問題ない。なお、私は政治家になる前からだから、筆不精の言い訳に使っている。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.34】
選挙カーは、「センシャ」と呼ぶ。
ワンボックスの車、たいていは白い色で、上に看板がついていて、大型スピーカーを乗せている。政治家以外ではなかなかお目にかかれない、あの車。この業界では「センシャ」と呼ぶ人が多い。正式名称は、選挙期間中は選挙カー、その他の期間は街頭宣伝車(略して街宣車)だ。だが、呼び分けるのが面倒なのと、「選車」「宣車」の他に選挙戦の武器となる「戦車」を掛けて「センシャ」と呼ばれる。正式な由来はわからないが、たぶんそうじゃないかと思う。ちなみに、候補者が手を思いっきり振れるよう、助手席の窓が全開になる車種は人気がある。あと、屋根に櫓を組んで候補者が車上に立てるカスタマイズも人気だ。さらに、夜でも看板が見えるよう照明付きも人気だ。ただし、車のバッテリーに負担がかかるため、最近ではLEDタイプが人気だ。このように、大事な商売道具だけに、涙ぐましい改善努力が積み重ねられている。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.35】
女性はウグイスだが、男版はカラスと呼ばれる。最近ではオウムもいる。
選挙カーでマイクを握る女性運動員を「ウグイス」「ウグイス嬢」と呼ぶ。これなら、みんな知っている。これが男の場合、ギョーカイでは「カラス」と呼ぶ。ちなみに、候補者が休憩中、助手席に候補者とやや似た人を乗せて、あたかも本人が精力的に活動しているように見せる場合には「影武者」と呼ぶ。最近では、本人の声をICレコーダーに録音してオウム返しにリピートさせるなど巧妙化している。どうやら、選挙は鳥類に縁があるのかも。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.36】
あなたのサイフに勝手に手を突っ込めるのは、泥棒と行政だけだ。
ドラえもんのジャイアン風に言えば、日本は「俺のものは俺のもの。お前のものはお前のもの」だ。つまり、財産権が保障されている。しかし、あなたの財産に手をつけられるものがある。それは、行政だ。あなたは税金を払っている。買い物みたいに選ぶことはできない。納税は義務だ。強制的に徴収される。つまり、行政は勝手にあなたのサイフに手を突っ込める。ただし、あなたの代表(議員)が決めたルール(法律)に基づかなければ、税金を徴収されることはない。その意味では、勝手にとられるわけではない。それ以外に、あなたの財産に手をつけたら、その瞬間に違法。つまり泥棒だ。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.37】
沖縄県は、公職選挙法の治外法権になっている……ように見える。
yohei.JPG日本の法律というものは、基本的に全国どこでも一律だ。地域ごとに規制値等が違うことはあっても、適用されない地域というものはない。ただし、特区(国際戦略特区や構造改革特区など)に指定されると、法令の適用除外となることがある。ところで、沖縄県は、公職選挙法の特区にはなっていないが、事実上、「治外法権」「無法地帯」になっているかのようだ。見逃しが多い。公共の電信柱や樹木にまでポスターを貼る。名前入りのノボリや看板を平気で立てまくる。呑み屋を回って「置き忘れた」との名目でチラシや名刺をゴソッと置いていく。……他の46都道府県と比べ、あまりにもやんちゃだ。逆に言えば、政治意識の高い土地柄でもあるかもしれない。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.38】
議員はコスパ。
ある会合で議員報酬の話になったとき、市民に言われた言葉。「議員報酬はいくらがいいのかって? それはね、要するに議員ってのはコスパなんだよ。小林くんは市民にとってコスパのいい議員なの? そういう話だよ」。なるほど。イマドキの言葉でわかりやすいなあ。コストパフォーマンスか。さあ、考えてみよう。その議員は、市民にとって雇っておく価値のある人ですか? その議員達を、いくらで雇えるなら安いと思いますか?

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.39】
街中でよく見かける政治家の看板。「連絡所」と書いてあるが、たいがいはタテマエだ。
26814899_1424344001007817_1245949505831761426_n.jpgよく街中に政治家の看板がある。政治活動用立札看板というもので、個人名義で6枚、政治団体名義で6枚まで立てることができる。よく見ると、「連絡所」「後援会事務所」などと書いてあるはずだ。つまり、政治家本人と連絡をとることができるように後援会の人などが連絡役を引き受けている場所、という設定になっている。が、今の時代、現職議員であれば普通、住所や電話番号が公開されている。候補者であっても、検索すればたいがいホームページがあり、E-mailアドレスやSNSの連絡先も書いてある。だから、多くの場合、連絡所というのはタテマエだ。実際には、政治家の名前と顔を覚えてもらうために使われていることが多い。本当に訪ねるとビックリされるかもしれない。
※写真は、私の立札看板。断っておくが、これは本当の事務所の看板である。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.40】
日本の国会はイギリス式、地方政治はアメリカ式だ。
議会制度はイギリスで形づくられたと言われる。日本では大正デモクラシーの時期に、そのイギリスと同様の議院内閣制に近づいていった。つまり、国会議員の中から行政トップの首相を選ぶしくみだ。一方、地方にも議会はあったものの、首長は国が送り込む仕組みだった。いわゆる官選首長だ*。その後、第二次大戦で負けた日本は、アメリカの占領下に置かれた。このとき、GHQの指導の下、中央集権だった日本は地方分権に改められ、地方自治制度が整えられた。そして、地方はアメリカに多い大統領制となった。つまり、議員とは別に、行政トップの首長も選挙で選ぶ仕組みだ。……どうせアメリカに似せるなら、今後は憲法改訂して、アメリカみたいに地方でも議院内閣制か大統領制か直接民主制か、自由に選べるようにすればいいのになあ。
*ただし、国へ「この人をぜひ市長に」と要望することで、実質的に議会が首長を選ぶ面もあったようだ。その意味では、議院内閣制的な性格もあったと言えるかもしれない。
posted by 小林のぶゆき at 09:40| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月22日

学校選択制は、今の小3から廃止へ。

YokosukaElementaryAndJuniorHigh.png 横須賀市立中学校は、現在、選択制です。小学校を卒業したら、どの中学校に行くかは選べます。これが、2021年4月入学の生徒(今の小学校3年生)から学校選択制廃止(原則として、指定校に行くよう)にすると、横須賀市の教育委員会事務局が方針決定し、1/19に発表しました。
 ちなみに、右の地図がわかりやすいと思います。クリックすると拡大されるはずです。PDFはコチラ→小学校と中学校の学区の対応状況2016

 2年前の記事に書いたことが、初めて時期も明示され、だいぶ確定的になりました。
 →「横須賀市で小中一貫はできるのか?〜中学校選択制がなくなる!?〜」

 私は選択制廃止論者だったので、基本的には評価しています。
4BD1D2AB-86D7-41BC-B7BA-B676A9910560.jpg とりわけ、来年度の中学校学区変更の結果を見ると、私の地元・野比にとっては重要な問題です。なぜなら、今回も、最もわりを食った学校(「転出」から「転入」を除いた「純減」が最も多い学校)は、野比中でした。これで、最も学校選択制の影響を大きく受けた学校が、4年連続で野比中となったわけです。
 これは、別に教育内容のせいではなく、単純に北下浦と久里浜の学区が入り組んでいるためです。具体的には、たとえばうちの子は野比小に通っていて、うちの学区は野比中なのですが、小中一貫先が長沢中なので長沢中に入学することにしました。大半の友達がそうしたようです。

 ただし、調べたところ、まだ確定ではありません。
 この辺のくだりは手続き論で、少し難しいので、以下の囲みは読み飛ばして頂いて大丈夫です。
0889C7E5-89F5-4F85-B233-B54AAADA6F77.jpg
(A)合議制の執行機関である教育委員会の執行権限は、「教育長に委任する事務等に関する規則」に則り、一部を除いて教育長に委任されている。
(B)上記規則の第2条「(13)通学区域の設定又は変更に関すること。」は教育長に委任されていない。ただし、「学校選択制」に関することについては、これに該当しないため、教育長に委任されていると考えられる。
(C)「学校選択制」は「学齢児童生徒の就学に関する取扱規程」の第8条一項のうち「(4)その他委員会が特に必要と認めたとき。」に該当して「指定校変更」をするもの、という建付けとなっている。
(D)上記「(4)その他委員会が特に必要と認めたとき。」に、いわゆる「学校選択制」の場合を該当させるための文書が、平成17年度より毎年、教育長の手で決裁されている(決済文書は資料照会中)
(E)つまり現在、本市でいわゆる「学校選択制」と呼ばれているものの実態は、あくまで「指定校変更」である。恒久的な制度ではなく、例外措置の拡大固定化と言ったほうが正しい。そのため保護者は、一般的な「指定校変更」と同様に「指定変更申立書」の提出が必要となる。
(F)1/19の教育委員会定例会では「報告事項」として提出された。つまり、教育委員会としての意思決定をするものではない。そもそも、本件は教育長に事務委任されているため、教育委員会に諮らず教育長の一存で変更できる案件だ。その意味で今回は、教育長が「3年後の2021年4月以降は、この例外措置を私は決済しませんよ」と教育委員のみなさんに予告した、というだけの話だ。
(G)そのため、教育長が別な方に替われば方針変更はあり得る。ただし、ここまでの議論の積み上げに加え、1/19に予告したことをひっくり返すとは思えない。行政の継続性の観点で誰が教育長になっても、おそらく「学校選択制」なるものは廃止されるだろう。


 さて、今回併せて「救済措置」案も提示されました。
 まず、指定校に希望する部活がない場合、隣接校に「指定校変更」していいようにする方向で検討するとのこと。とはいえ、私はこれでは小中一貫教育が骨抜きになると予想しています。
 来年4月の学校選択制利用者は361名ですが、市の予想では廃止後には20名前後になるのではないかとのこと。しかし、私はそんなもんじゃ収まらないのではないかと思います。そして、不満の声も多く出ると思います。現在は、部活の有無だけでなく、顧問やチームの強さなども含めて選択しているからです。
 加えて、本来の学業とは関係がない部活動を理由に学校を選択することは本質的なのか? その視点はありません。
 この問題については、部活を学校とは切り離した活動とするよう何度も議会で提案しています。文末に一部ご紹介していますので、ご関心をお持ちの方はご覧ください。

 ただし、「救済措置」を講ずるなら、むしろ「小中不一貫」問題を優先すべきではないか? 私はそう思うんです。さっきも触れたように、うちは野比小学区の端っこのほうなので、中学校は野比中学区なのですが、小中一貫先である長沢中を選択したわけです。野比小は長沢中と小中一貫教育がされているとのことですので、一貫性が保証されていない野比中は選びませんでした。しかし現在のところ、教育委員会事務局では2021年4月に向けてこの「小中不一貫」問題を理由にした「指定校変更」を検討してはいないとのこと。
 しかし、我が家はレアケースではありません。仮にレアケースであっても、「森を見て木を見ず」ではいけないので、一人ひとりの子どもにつまづきの原因を置かないほうがいいと思います。
 実は、小中の学区が揃っていない学校が過半数です。全23ブロック中、下記の計14ブロックで揃っていません。実に61%にのぼります。
学区が小学校と対応していない中学校ブロック
(カッコ内は原因となる分割小学校)
●大楠中(荻野小)
●武山中(荻野小)
●北下浦中(北下浦小、津久井小)
●長沢中(野比小、北下浦小、津久井小)
●野比中(粟田小、野比小)
●岩戸中(粟田小)
●神明中(神明小、明浜小、久里浜小)
●久里浜中(明浜小、久里浜小、神明小、大塚台小、大矢部小)
●大矢部中(大矢部小、森崎小、衣笠小)
●衣笠中(衣笠小)
●浦賀中(大塚台小、望洋小)
●馬堀中(望洋小)
●大津中(大塚台小)
●公郷中(森崎小)

 この問題については、現教育長からも前・教育委員長からも「できるだけ学区を揃えられるように努力していきたい」旨の答弁は頂いています。とはいえ、地域の理解も求めねばならず、一朝一夕にはできないことは、私も理解しています。であればこそ、「救済措置」は必要だと思うのです。

 いずれにしても、学業にとって本質的な小中不一貫は「指定校変更」を認めず、あくまでも教育課程外の部活は「指定校変更」を認めるのでは、大きな矛盾があります。この点については、今後も指摘していきたいと考えています。最後に、最も直近のこのテーマの質疑を貼り付けて終わりにします。

2017年9月27日 本会議 一般質問
   〜   〜   〜
◆6番(小林伸行) 次に、小中一貫教育と学区の不整合について伺います。
 現在の学校選択制は、2016年度から全小・中学校で進められている小中一貫教育とそごを来しています。そこで、学校選択制検証会議の検討報告を受け、本年度中には廃止する方向で検討が進んでいるようです。早く決断すべきです。
 廃止時期については、3年の移行期間を設け、2020年3月末をもって廃止すべきだと考えますが、いかがでしょうか。
 一方で、小中一貫教育をするにも、小中の学区がそろっていない学校が数多くあります。中学校23校中14校、実に61%もの学校ブロックで小中不一貫となってしまっています。なお、この問題については、前教育委員会委員長からも小・中学校の通学区域がそろっていないということについては、課題だと認識している、できる限りの努力は今後していきたい、との御答弁をいただいています。
 段階的に学区を変更して、徐々にそろえていくべきだと考えますが、いかがお考えでしょうか。
 現状では、同じ小学校なのに、ある子は小中一貫教育を受けるが、ある子は小中不一貫教育の中学校に行くというようなことになります。
 そして、小中一貫を強化すればするほど、この不一貫となった生徒が疎外感を強めることにつながります。この問題をどのように捉えていらっしゃるでしょうか、お伺いします。
 さらに、追浜小学校が過小規模校として統廃合もうわさされる一方、学区が隣り合う浦郷小学校では校舎の増築も迫られました。誰が考えても矛盾しています。学区を適時適切に柔軟に見直すことで不要な投資を抑えるとともに、廃校対象となっている学校から救える学校も出てくると考えます。
 学区再編には、このような効果もあると考えますが、教育長のお考えをお聞かせください。
   〜   〜   〜
◎教育長(新倉聡) 次に、小中一貫教育と学区の不整合について4問御質問いただきました。
 学校選択制は3年の移行期間を設け、2020年3月をもって廃止すべきと考えるが、いかが考えるかということについてですが、学校選択制の見直しにつきましては、平成28年の教育委員会5月定例会において、横須賀市学校選択制検証会議から、学校選択制は廃止したほうがよいという方向性が示されております。
 このため、現在、教育委員会事務局の関係各課において、廃止に向けた具体的な対応を検討しております。廃止が決定した場合でも、当然のごとく周知期間は必要であると考えております。
 次に、学区がそろっていない小学校と中学校は、段階的に学区を変更して徐々にそろえていくべきと考えるが、いかが考えるかということについてでありますが、平成28年6月9日の平成28年第2回市議会定例会において教育委員会委員長から答弁したとおり、私も小中一貫教育を進めるに当たって、全てのブロックにおいて小学校と中学校の通学区域をそろえることは大変難しい課題だと認識しています。しかしながら、今後、できる限り通学区域の見直しに取り組んでいきたいというふうに考えております。
 次に、小中一貫を強化すればするほど、不一貫となった生徒が疎外感を強めることにつながる、この問題をどのように捉えているかということについてでありますが、住所によって小中一貫ブロックの中学校に進学していない生徒がいるということは課題として十分認識しております。今後、できる限り通学区域の見直しに取り組んでいきたいと考えております。
 ただ、本市の小中一貫教育では、子どもの学びを豊かにすることを重視し、義務教育の9年間を一体として捉え、子どもの学びをつなぐという視点で取り組んでいるところであります。
 したがいまして、学びの系統性・連続性を重視した授業が全ての小・中学校で行われることを目指しているもので、小中一貫教育ブロックではない中学校に進学したとしても、本市が考え、狙いとしている小中一貫教育は実現できるものと考えております。
 次に、学区を適時適切に柔軟に見直すことで不要な投資を抑えるとともに、学校を廃校対象から救える効果もあると思うが、いかが考えるかということについてでありますが、御質問のとおり、小規模となっている学校とマンション開発等により児童数が急増している学校が隣接している区域が現にあります。
 今後、学校規模の偏りを解消するために、できる限り通学区域の見直しに取り組んでいきたいと考えております。

◆6番(小林伸行) 続いて、小中一貫教育と学区の件に移っていきたいと思います。
 この件で私が教育委員会事務局から聞いているのは、学校選択制の廃止に向けて今検討していると。ただし、検討の中身としては、部活動が各学校にそろっていないということもあって、部活動を理由とした指定校変更を行うべきかどうかも含めた制度設計も考えているというふうに聞いているのです。
 ただ、私が思うのは、部活は学業そのものではないわけで、部活動を理由に指定校変更するというのは本末転倒だと思うのです。なので、これを行っていくと、結局どの学校にも全ての部活動がそろっているわけではないので、結果として小中一貫を骨抜きにすることになると思うのです。部活動を理由にしていったら、いろいろな子が本来の学校、小中一貫になっている学校ではない中学校に進むということがかなりの割合で起こると考えられるので、私は指定校変更を部活動を理由にしてはあり得ないと思うのですが、教育長のお考えはいかがでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 大変悩ましい内容だというふうに理解しています。
 学区を飛び越えてほかの学校へ行くときの選択肢がクラブ活動というのが今多くの方の中でかいま見られているということも事実であります。選択制における弊害もあって、当然選択制を今後廃止していこうという方向性が示された中ではあるわけですけれども、個々の児童・生徒の方にとっては、せっかく持っている能力が発揮できないままに、その子の未来を潰していいかというところは今度どういうふうに考えたらいいかという、そことの兼ね合いが大変悩ましいということで申させていただいているところです。
 ただ、委員がおっしゃっているように、例えば北に住んでいるのに、南にいいクラブがあるから、そこまで行こうと、そういうことが現在はできていますけれども、それは好ましくないというのが廃止の基本にあったかと思います。
 今悩ましいところですが、例えば、たまたま通わなければいけない学区にはないけれども、通学可能な隣の学区にあるのだったらば、その人たちもだめだと言っていいのかどうかという判断をどうつけたらいいかというところが、今議員がおっしゃったところで、私どもの考えなければいけないところかというふうに捉えているところです。


◆6番(小林伸行) おっしゃることはわかるつもりです。ただ、これは部活動の件とも絡みますけれども、だからこそ私は、部活動と学校を一旦切り離せば、この問題は解消するという具体的な提案を申し上げているのです。どうして同じ学校の部活に通わなければいけないのか。私、先ほどの御答弁でどうしてもわからなかったのですけれども、学校活動の一環だということは理解しています。ただし、学校活動は、別にほかの学校のほかの先生から指導を受ける、あるいは地域の方から指導を受けるということでもいいはずだと思うのです。それは文部科学省も、学校自体をもっと地域に開いていくべきだし、部活動についても地域との連携をということを言っているわけで、その意味では隣の学校の部活動にというのも何の問題もないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 多分議員がおっしゃっているところは、日本のクラブ活動というか、学校教育における運動部の大きな例ではないかと思うのですけれども、これまで日本の中では、学校教育を主体に各種目がつくられてきていた。学校競技ではない形のものとして、例えば水泳、あるいはサッカーだとかといったものが別途に形成されてきている。つまり、欧米型のスポーツクラブ的な要素というものが存在してきて、現段階では日本の中でそういった系列が2種類あるのではないかというふうに私は認識しています。
 一方、問題になりますのは、そういった学校のクラブ組織でなければ、中学校、あるいは高校もそうだと思うのですけれども、体育大会への参加資格がないわけです。一方では水泳ですとかの別の大会が所属のスイミングスクールからの推薦で出られたりという仕組みが今混在しています。競技によっては、せっかくそこで活動しても大会に参加することもできないという状況があるということを御認識いただければと思っています。


◆6番(小林伸行) そこは運用の中で、いかようにもできると思うのです。もちろん、陸上とか水泳のような個人競技であればやりやすいわけです。指導をスイミングスクールで受けようが、他校で受けようが、試合は母校の部活から出るというような形で個人競技はやりやすい。
 一方で、チームスポーツはやりにくい、あるいは吹奏楽といったようなものはやりにくいというのはわかります。ただ、運用の中で、例えば野球なら野球を何校かの子たちが一斉に練習する。でも、試合のときには分かれて、それぞれの学校で出るということは幾らでもできると思うのです。言ってみれば共同練習です。同じ指導者から共同練習して、あるいは練習の中では学校単位で練習試合をするかもしれない。でも、大会の試合は分かれて出るということはあり得るのではないでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 運用というのは私たちができるのではなくて、それぞれの体育大会とか連盟がその規約上で定めていて、そこには学校の顧問、学校長がという規定がされるわけです。クラブ顧問がみずからその子どもたちの責任を持って参加するという資格になってしまっているので、ですから、先ほど言ったそれぞれの連盟、あるいは体育協会のほうが日本の中に2種類の系列を持ってしまっている以上、簡単にはできないというお話をさせていただいたところです。
 それから、多分御自身もあるかと思うのですが、球技、あるいは集団の競技というのは、常日ごろのチームワークを重んじて活動して一緒に汗を流すという達成感がまずあると私は理解しておりますので、別々に練習してきたところがそのチームに戻って、急にチームの技術力が向上するとか、達成感が生まれるかというところについては、済みません、私にはそこの想像はつかないところです。


◆6番(小林伸行) 私の説明が悪くて少しわかりにくかったと思います。
 私のイメージでは、先ほど提案したように、複数校でブロックをつくって、この中に野球部はA校にある、サッカー部はB校にあるという状態にするのです。それで、例えばこれが3校だとして、3校分の子たちがA校の野球部で練習をしました。ここは50人いるかもしれません。いざ試合だというときには、B校の子はB校から出る、C校の子はC校から出る。共同練習の部活で、でも大会はそれぞれという、箸の上げおろしまで協会が指示してきているわけではないはずなので、共同練習だったらできるでしょう。逆に、それをしない限りは、小中一貫教育の問題は解消できないのではないですかという話なのです。

◎教育長(新倉聡) 大変済みません、小中一貫教育の問題の解決というのは、私は今全く理解できない状況です。
 それから、その意味で、クラブ活動だけの話をさせていただけるとすれば、例えば横須賀市の広いエリアの中で4エリアに分ける、あるいはどこどこの地域を分けるといったときに、授業が終わったそれぞれの子どもがまた別の学校へ行ってということを行った場合に、集合して練習する時間帯は本当に少なくなります。
 それから、束ねている指導者の方にしてみれば、いつ来るかわからない、あるいはきょうはどうなっているのか、そういう子どもの管理まで見ていかなければならないことになってきます。
 先ほどおっしゃっていただいたように、もしそれが各学校の顧問という形でないと大会に出られないとすれば、その先生の負担というのはより多くなるのではないかというふうに理解しているので、なかなか難しい課題だというふうに捉えています。


◆6番(小林伸行) 少し視点を変えれば、今の部活動、特にスポーツはどうしても勝利至上主義に偏っている嫌いがあるのではないかと思うのです。余りにも長時間練習をする。今学校現場の先生からも、昔よりも大会がどんどんふえてしまっていて多忙感をさらに押し上げているというような状況も聞いています。
 これは本来の姿ではないと思うのです。だから、練習の時間がますます減ってしまうと言いますが、多少減ってもいいではないですか。そこまで寸暇を惜しんで練習するということよりも、放課後、仮に移動に15分、20分かかっても、隣の学校へ行って他校の生徒とも一緒に練習する。何の不都合があるのか。
 私が小中一貫教育と関連すると申し上げたのは、部活動を理由にした指定校変更を行ったら、小中一貫教育が骨抜きになるからなのです。
 質問としては、部活動を理由とした指定校変更は、小中一貫教育の効果を希薄にしていきますよね。

◎教育長(新倉聡) 申しわけございません。最後の部分が御質問なのか、御意見なのかがわからなかったのですが、小林議員が御本人では骨抜きになると御理解している部分に、我々は骨抜きにならないようにどうあったらいいか今検討している段階だというふうに一番初めに答弁をさせていただいているところだと思っています。
 それから、今議員がおっしゃっている中で、指導している教職員が多忙だから子どもたちの可能性を否定していいのかという部分がよく理解できなかったところです。あくまで、我々は子どもたちがどういう形で育っていくかということに対して最善の場を提供していく、この中でどの手法がいいかというものを今検討しているところです。 先ほどからかみ合わないのは、あるA校の顧問の方がほかの学校の生徒たちを全て自分の教え子のように捉えられるかと言えば、その子が持っている日常の生活スタイル、あるいは個性といったものをどう伸ばしてあげられるかというときに、たまたましか来ない子どもと、いつも見ている子どもとの間に当然差が生じてしまうのではないかということも私どもは危惧している。だから、できる限り学校内において同じ学校に通っている子どもたちを見ていくということが必要なのではないかというふうに先ほど来回答をさせていただいたところです。


◆6番(小林伸行) 確かに、どうもかみ合わないのです。
 まず、生徒がさまざまな種目にチャレンジする機会を奪ってはいけないというのは、私も全く同じ思いです。だけれども、小中一貫教育になって行く学校が決まってしまって、その中学校にある部活動しか選べないとすれば、それはその子の機会を奪ってしまうことになると考えているのです。だから、その中学校にない部活動にも行けるようにしないと、その子には機会が与えられないのではないかという話なので、そこは理解いただけましたでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 議員とのこの論議の究極の改善策というのは、全ての中学校に全てのクラブ活動がそろえばいい。それであれば、小中一貫教育の最終的な結論にたどり着く、そういう理解でよろしいでしょうか。
 つまり、今はそこの学校にクラブがないからほかの学校にということを言うのであれば、中学校に全てのクラブ活動がそろっているということが一番好ましい体制なのだという理解でよろしいのでしょうか。それであれば解決するということですか。


◆6番(小林伸行) もちろん、そうなれば理想ですけれども、人口減少で子どもの数も減っている中で、それは望めないことです。ですから、私は現実的な方策として部活動の社会化を申し上げました。
 結局、ふだん見ている子だからこそ、さまざまな状況を理解できる。それはあるでしょう。ただ、現在の学校の部活動においても、担任している子どもよりも担任していない子はわからないです。それと同じことだと思います。今世の中には、例えばリトルリーグとか、いろいろなクラブチームがありますけれども、そのクラブチーム等の指導者の方が子どものさまざまな状況を理解しないで、たまたま来る子だから余りよくわからないといって指導しているかといったら、そのようなことはないと思います。なので、状況は同じだと思います。
 だから社会化、つまりクラブチームと同じような運用を部活動にも求めていけば、この問題は解消できるということなのです。
 部活動の社会化にどうしてそこまで抵抗感があるのかわからないのですが、なぜ学校で抱えようとするのか、もう少し教えていただきたいと思います。

◎教育長(新倉聡) 議員おっしゃっている、それぞれのお子さんが行っている、あるいは生徒たちが自分の好きな競技を行える、そういう環境が欲しいということを突き詰めていくとすれば、全てのスポーツ、あるいは文化活動はクラブチームとして行っていくのが一番望ましいのではないかというふうに私は今受けとめています。
 一方、ここの論議になっていますのは、学校で行っている学校教育の一環である部活動はどうあるべきかということで今までお答えをしてきております。その原因として、先ほど小林議員とかみ合わないというお話をしたのは、現在の日本の中にあるクラブ活動チームと部活動、これはスポーツだけに分けていただければと思います。かつてはクラブチームが存在しない日本の中で、クラブ、あるいはスポーツの根底を担っていたのが各学校における部活動だった。それが新たな形としてクラブチームというものがつくられてきていて、早くその形になれば、それはそれで望ましいのかもしれません。そうだとすれば、各学校におけるクラブ活動と言っている部活動はなくなっていいのかもしれません。でも、学校の指導要領、学校教育の中で部活動の推進というものの位置づけがまだある現在においては、今すぐに姿を変えるのは難しいですというお答えをさせていただいたところです。


◆6番(小林伸行) 時間軸の話もあると思います。私は、あるべき姿の話をしていて、来年すぐにそうするべきだと思っているわけではないので、ステップを踏んでというふうに考えています。
 その第1ステップが部活動指導者派遣推進事業の拡充というふうに考えていますけれども、この事業は今どうなっているかというと、30人の指導者が今派遣できる状態になっている。ところが、学校現場から今50人近くの要望が来ている。つまり、この事業は、学校からもっと来てほしいと言われているにもかかわらず、応えられていないわけです。
 また、指導者の方々も年間35日が上限の予算しか組まれていないというふうに聞いています。大体週1回のペースを想定してこの日数になっているということなのです。
 そうすると、人数も足りなければ、実態として部活動を指導・支援していくというにはまだまだ少ない日数しか入っていないので、これを抜本的にもっと拡充、週3日とか入れるようにしないといけないだろうし、50人、100人派遣することがまず第一歩のステップとして学校現場の負担軽減にもつながるよい方策ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 大変うれしい提案だというふうに思っています。ただ、何点か問題がありますが、我々もこれは平成29年度以降から拡充していきたいと考えております。
 それから一方では、今定例議会の委員会の中でも報告いたしましたが、教職員の多忙化に対して全体の数字は捉えましたけれども、何が多忙なのかの分析をこれからしていくつもりでいますので、そこで必要な体制は組んでいくべきだと思っています。
 一方においては、議員がおっしゃっているように週3日なり週4日なり、あるいはもっと極端に言えば、週5日間来ていただくことが望ましいですけれども、その給与では生活できない中では、1週間1回が限度だという方も存在しているというのが実態であると思っています。
 なので、その兼ね合い、あるいは多忙化の中の対策としてどう打つかということを総合的に検討させていただきたいと思っています。


◆6番(小林伸行) 今、週3日、週5日というような話もありましたけれども、際限なくふやしていいかといったら、やはりそうではないと思うのです。私からは、週3日6時間程度の制限を設けてはどうかという御提案も別途しました。これについては、中学校体育連盟のほうで検討しているので教育委員会としては考えないというような御答弁だったかと思います。
 長谷川議員に教えていただいたのですけれども、文部科学省が今ガイドラインを考えているということではありますが、それに先立って、静岡市の教育委員会では、月45時間までというような部活動ガイドラインを独自につくっているようなのです。なので、別に教育委員会としてつくっていけないわけではない。現在の特に中学校における教師の多忙感の最大の原因は部活動だというふうにも聞いています。
 この前のアンケート調査でも、月200何十時間残業している人がいるという中では、部活動、熱意ある教員はどんどん時間を使って行おうとするかもしれないですけれども、残業がこれだけある中では、どこかで歯どめをかけない限りは解消しないと思うのです。
 話が少し広がってしまいますけれども、教員のためにも、生徒の健康のためにも、時間の上限をきちんと設けることがもう必要な時代に入っていると思うのです。なので、国待ち、競技団体待ちではなく、市として積極的に時間の制限をつける時代に入っているのではないでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 横須賀市の中学校体育連盟については、中学校の体育指導の先生方がほぼ加盟しているものであります。言いかえれば、中学校体育の教員が自分たちでどうあるべきかという形を先にお示しいただいているので、現在、それをもとに各学校が指導の基準、指針として既に動いている。土曜、日曜日については休日にしていこうとか、もう実際に動いていただいているところが1つです。
 これを踏まえた上で、国から今検討しているガイドラインが示されてくるのであれば、あわせた形でこうあったらいいのではないかということは教育委員会としてもお話ができるだろうということで学校長に伝えていきたいと思っています。
 それから、大変恐縮なのですけれども、私どもが行った調査というのは、あくまで学校にいた時間であって、実際にその時間に何をしていたかはまだ調査をしていません。ですから、これを中でもう一回確認したいと思っているところです。220時間が全て部活動のためにあったということの認定は私どもまだ何もできていませんので、そこは誤解のないようにお願いしたいと思います。


◆6番(小林伸行) 連盟のほうでもある程度上限を設ける方向で動いているということであれば、ぜひ実効性のあるガイドラインになることを期待したいと思います。
 部活動の件は次で最後にしますけれども、名古屋大学の内田良准教授の指摘によると、全国の87.5%の中学校では、教師全員による部活動の指導という、もう半強制的な指導体制がとられていて、希望制なのは5.3%。そのほか7.1%ぐらいはそれ以外の方法だということなのですけれども、我が市は教師全員による部活動の指導体制ということになるのでしょうか、それとも希望制になるのでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 原則お願いをしている形になっていると思います。

◆6番(小林伸行) 原則として引き受けなくていいという通知を出していただいてはという提案を先ほどしましたけれども、それが無理であっても、文部科学省は建前では自主的な活動と言っている中でも、原則として全員にお願いするということになっているので、やはり矛盾があると思うのです。これは本来の形、自主的な活動ということ、状況によっては必ずしも引き受けなくていいということを先生方に改めて認識いただくことだけは必要ではないでしょうか。

◎教育長(新倉聡) 大変くどいようですけれども、学校運営の実態は学校長が持っているというふうな認識をまずさせていただいた上で、先ほど来話題になりました部活動指導者派遣推進事業というものの派遣基準の中に、当該教員に各顧問をお願いしますけれども、その顧問以上に学内の他の業務があった場合、その部の顧問に就任することはできませんので、そういった場合に派遣をすると。あるいは当該の競技に対して経験者が学内に全くいない、そういったものが生じていることを当然理解していますので、この制度をもってそれらの先生方、競技等を知っている顧問になり得る方を別途派遣させていただいているという形です。
 ですので、強制的な話ではなく、学校運営上、先生方に支障なりがあるということがあれば、その実態を個別に御推薦いただいているので、初めから強制的にしろという形ではなく、各学校の中での御検討、任意の判断をいただいた上で行っているということでございます。


◆6番(小林伸行) さまざまな論点について、ここまで伺ってきました。
 きょうは一通り概要をというつもりだったのですけれども、物によってはかなり突っ込んだ議論もさせていただきました。また、今後、機会あるごとに御提案もし、また姿勢を伺っていきたいと思います。きょうは、どうもありがとうございました。
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2018年01月15日

【会派視察報告:全国都市問題会議2017】横須賀市の、これまでとこれから。

 11/8〜11/10の日程で、会派・研政のメンバー5人で第79回全国都市問題会議に参加してきた。
 結論から言えば、全国都市問題会議には、金輪際、二度と視察をしないことをお約束したい。
 ただし、首都大学東京・山下祐介准教授の講演は聞くことができて良かった。企画が甘かったからといって、全てが役に立たなかったわけではない。

 まず、市民の皆様に反省の弁を述べたい。
 2015年に、初めて全国都市問題会議に参加し、中身の空疎さに懲りていたはずだった。
 →【研修報告前編】第77回全国都市問題会議に参加するも、費用対効果が疑問でした

 ただし、「充実していた回もあった」とも聞いており、次の点からも「今回は期待できるのではないか」と会派内で議論し参加することとした。
●今回の主題「ひとがつなぐ都市の魅力と地域の創世戦略 ―新しい風をつかむまちづくりー」
●合計特殊出生率が日本一の沖縄県
●観光立県の沖縄県
●横須賀と同様に基地問題を抱える沖縄県
●子どもの貧困への対策に力を入れる那覇市

 加えて、全国から多くの議員や首長が集まる歴史ある研究集会との安心感もある中で、しかし、期待は裏切られた。前回並みに空疎だった。
 参加費10,000円に加え、航空券&宿泊費で99,000円の税金を投じたにもかかわらず、議会活動を通じて市民に還元できる知見は乏しかった。
 私は、視察において、常に政務活動費の投資を上回るリターンを目指してきた。そして、これまでの成績としては、平均的にはかなり上回ってきたと自負している。しかし、今回「費用に見合うか?」と問われれば、「ひょっとしたら、どこか別の場で山下教授の講演会が聞けたら、それで良かったかもしれません」と答える他ない。
 市民の皆様、本当に申し訳ありませんでした。
 とはいえ以下、内容について報告する。

基調講演
 一昨年に全国都市問題会議に参加したとき、基調講演が登山家の人生論で、驚いたことがある。そして、今回も期待を裏切ってくれた。なんと、江戸時代の参勤交代の話だったのである。
 もちろん、話自体は面白い部分が多々あったし、歴史マニアなら垂涎だろう。しかし、ここは地域経営者の集まりだ。
 もしも、参勤交代話をするならば「参勤交代は、経済的にも文化的にも大いに意義があった。ついては、現代版参勤交代を導入すべきではないか?」という提起ならば話がわかる。また、参勤交代によって、現在の日本の都市軸ができたという話もうなづける。ただし、「では、今後どうするか?」につながらない話には、価値を見いだせない。
 少なくとも、私が、かなり穿った見方の洞察を引き出すとすれば、次のような内容だ。
 「参勤交代は各自治体に大きな負担も強いたが、日本全体としては交通インフラや宿場など都市機能の蓄積をもたらし、経済も活性化した。同様に、現代においてはこの全国都市問題会議のような機会を増やし、議員から首長・職員まで大挙して大尽旅行することで、ケインズ経済学で言うような公共投資効果があり、日本経済に良い影響がある。講や無尽のように、回ってきた開催地も豊かになるので、全国都市問題会議はもっと頻度を上げて開催せよ!」

主報告
 主報告は、開催地・那覇市の市長だった。
 冒頭、城間市長が「主報告をさせてもらえるのは、開催地へのご褒美だと思う」旨の発言をしたときに、「うわー、こりゃ期待薄だな」と感じたが、実際そうなった。
 大体において、首長の発表というのは、総花的な「やってます」アピールのオンパレードになりがちだ。那覇市だけでなく、あらゆる基礎自治体が、全方位の取り組みをしている。その中で参考になるのは、新しいことに挑戦した際の成功事例と失敗事例だ。だから、それを重点的に話してくれればいいのだが、往々にして焦点を絞りきれない。
 那覇市であれば、全国平均の1.8倍にものぼる子どもの貧困率への対策に絞って話をしてくれればよかった。とりわけ、同じくシングルマザーや貧困世帯の多い我が市には持ち帰るところが多かったはずだ。
 なにしろ総花で、深堀した話が聞けなかったので、持ち帰れるものに乏しい話だった。

一般報告
 一般報告1人目の首都大学東京准教授の山下祐介氏の講演は、今回の研修大会の中で最も得るものが多かった。
 示された視座の中で、印象的なものは次のとおりだ。

・職業威信の序列
 (東京が上・地方が下。高次産業が上・農林漁業が下)

・権力の集中に伴うカネの集中と人の集中

・地方創生を疑え
 (人口が増加している自治体は、取り組みが成功したわけではなく、交通や立地など構造的な影響のおかげ)

・転入促進で人口は増えない
 (市町村単位では影響があるが、全国的には人が移動しただけ)

・コンパクトシティを疑え
 (過疎化が進んだ地域の公共施設やインフラを削減すれば、さらに衰退が進むのではないか)

・行政計画と市民の人生がつながっていない
 (空間の地理的な計画だけではなく、時間の人生のサイクル的に響くメッセージが必要では)

・強まる、市民の行政への依存
 (都市部ほど、行政への依存が必要であり、子供も増えない。個人として自立している人ほど、共同体や地域からは自立していても、行政には依存せざるを得ないという矛盾)

・過剰な不安
 (団塊の世代は第二次ベビーブームを起こしたが、団塊ジュニアは第三次ベビーブームを起こせなかった)

 これらの視座を受けて、横須賀市の進むべき方向について思いをめぐらしてみたい。

横須賀市のこれまでとこれからを改めて考える
 2015年3月の本会議で会派・研政の代表質問を行った際にも述べたことだが、前市長時代に掲げた「選ばれるまち」は我がまちには合っていなかった。

 本市には、生産年齢人口の層に大挙して選ばれる条件は、今や整っていない。
 かつて、高度成長期に郊外化が進んだ時代。首都圏まで通勤圏で住宅が手頃に買えた本市は、まさに「選ばれるまち」だった。しかし、人口減少時代となり、都心部の地価下落傾向に伴い、近年は都心回帰が進んでいる。特に、川崎や武蔵小杉や辻堂のように、新しい駅ができたり工場の移転に伴って跡地にマンションが建ったりする場所が「選ばれるまち」となる。残念ながら、各市町村の努力とは無関係に、立地や交通インフラといった構造的・外的要因が大勢を決する。加えて川崎市や藤沢市は、実際は別として、子育て支援に力を入れているイメージもうまく訴求している。伸びている最中なので、投資する財源も生み出しやすい。ちなみに、本市から転出してゆく先も、その2市が多い。
 いずれにしても本市では、子育て世代のボリューム・ゾーンの転入は狙えない。

 本市が「選ばれるまち」として成立するには、よりマイノリティな嗜好を持った層を薄く広く集めるしかない。LOHAS、スローライフ、オーガニック、天然生活、サーフ、といった鎌倉・逗子・葉山と地続きなイメージで誘引することだろう。しかし、本市は、文化圏としては地続きだが、横須賀市という地名にそのイメージはない。だから、私は「みうら市」に改称するのも一つの方法だと考えるが、なかなかそうも行かない。ついては、プリンで有名なカフェ・マーロウやミシュランで有名なホテル・音羽の森のように、横須賀市という地名をひた隠しにして、秋谷や津久井といった市内のサブ・ブランドで勝負するのもひとつの方策となろう。
 そういった誘引は、それはそれで淡々とやっていくのだ。しかし、劇的な課題解消は望めない。だから、本市を「選ばれるまち」として「都市イメージ創造発信」し、他市と競争するのは、労多くして益少ない手法だった。このムズムズ感を、何度も議会で指摘してきたが、ようやく明快に言語化できた。

 地方創生の名の下、国によって地方は競わされている。そんな市町村間の人口奪い合いゲームのレッドオーシャンあるいはチキンレースに、本市が首を突っ込む必要はない。大事なことは、「市民の安心感」だ。
 まちは、民間企業とは違う。基本的に、つぶれることはまれだ。もちろん、夕張市のように破綻して行政サービスを大幅に切り下げるまちも中にはある。しかし、本市はそんな状況では全くない。こう言っては悪いが、そこは三浦市とは違う。
 かつて、「このままでは、第二の夕張になる」と危機を煽った市長もいたが、結果として失敗だった。もちろん、財政健全化のための意識啓発には役立った。しかし、後知恵で申し訳ないが、そのメッセージは、まちに対する「市民の安心感」を阻害するからだ。
 大切なことは、「このまちなら安心」「将来はもっとよくなる」「幸せに子育てができる」といった“気分”だ。夢や希望と言い換えてもいい。「行政経営者が、根拠もない“気分”“夢”“希望”を語るな!」と言われるかもしれない。しかし、行政のお客さまは住民という人間だ。人間は、感性の生き物である。飲食店を選ぶときに、味と量と値段だけでは選ばない。内装、店員、窓の景色、料理の見た目、客層……そんな雰囲気全体で選ぶ。であれば、暮らすまちも同じはずだ。そのまちで暮らす自分や家族が幸せそうかどうか、全体的なイメージで選ぶ。
 その意味で、本市は現時点での住民満足度が決して低いわけではない。アンケートでも82%の市民が満足している。ただし、将来への漠然とした不安が払拭できていない。むしろ、かきたてられ続けている。「人口流出日本一」「まだまだ進む少子高齢化」「水道代・健康保険料・介護保険料の値上げラッシュ」「ハコモノ三兄弟」「市の借金3000億円」「第二の夕張」「過剰なハコモノの負担が子どもたちの肩に」……。こうした言葉が街頭でも新聞でも踊り、いやおうなく将来不安は募っていくばかりだ。この意味では、私も思いっきり不安をあおってきた面は否めない。大いに反省しなければならない。
 しかし、以前「データで考える2050年の横須賀」(→チラシ →街頭プレゼン)でも紹介したように、ファンダメンタルズ的には本市の将来は決して暗くない。日本を先取りするまちだから他市より先に落ち込んだだけで、あと数年で底を打つ。経営の舵取りを間違えなければ、ソフト・ランディングできるまちだ。そして、適切に投資をすれば、再浮揚もできる。それが本市だ。

 この観点で言えば、個々の能力への評価は置いておくとして、昨年6月の市長選の結果は、あるメッセージだ。
 将来世代への投資を控え堅実なカイゼン型経営をしてきた前市長には、ある種の暗さがつきまとっていた。それは、法的にグレーな行為が100条委員会で問われたことを抜きにしても、「選ばれるまち」という競争ワードに終始し、明るい将来を描いて訴求することができていなかったことがやはり大きいのではないか。
 一方の現市長には、明るさがある。「横須賀復活〜Make Yokosuka Great Again〜」と銘打って、様々な投資プランをぶち上げた。中には、到底実現が難しい京急久里浜線の複線化といった荒唐無稽なものもあり、途中で政策チラシから削除したりもしている。しかし、市民はその明るい将来の“気分”を選んだのではないか。

 景気についても、結婚して子供をつくるかどうかについても、人間だから“気分”が左右する。
 よそのまちと競い争う必要はない。いま、本市に住んでいるみなさんに、「このまちなら安心」「将来はもっとよくなる」「幸せに子育てができる」といった“気分”を持ってもらうこと。そのための、適切なメッセージを発すること。そして、政策・事業でメッセージを裏付け、“気分”を実感していただくこと。それが、横須賀市の行政経営者の仕事ではないだろうか。

 そんな洞察を得た講演だった。


 その後、他の一般報告やパネルディスカッションもあったが、本市に活かせそうな視座としてはあまり記憶に残っていない。そのため、駄文を連ねても仕方がないため、以上で視察報告の筆を置きたい。
posted by 小林のぶゆき at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

【中学生にもわかるセイジの話】まとめ(Vol.21〜30)

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.21】
「保育園落ちた日本死ね!!!」は間違い。それを言うなら「市議会議員死ね!」が正しい。
「保育園落ちた日本死ね!!!」というツイートが一時期話題になった。国会でも取り上げられたようだが、ちょっと待って。保育園をどうするかは、ホントは市町村の仕事だよ。国会議員にすら理解できてない人がいるから困る。そして、市の最終決定者は市議会議員。だから、保育園に入れなくて腹を立てるんなら、市区町村議会議員に文句言わなきゃダメ。……ところで、文句言う前に選挙には行ったんでしょうね? 行ってないなら、そもそも言う資格ないからね。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.22】
投票は、実は手ぶらでOK。ハガキが送られてくるけど、あれは入場券じゃない。
投票は、実は手ぶらで行ける。投票日も期日前も、どちらも同じだ。よく選挙の直前に、役所からハガキが送られてくるが、あれを「投票券」や「入場券」だと思っている人が多い。若い頃、私もカン違いしていて、部屋に忘れてきたから投票をサボったことがある。ところが実はあのハガキは、ただの案内状。よく見ると確かに「投票案内」と書いてある。投票所でいくつかの質問に答えれば、ちゃんと投票用紙をくれる。だから、何はなくとも、選挙には行こう。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.23】
政治家は、超ブラックな職業だ。普通の中学生は、目指さないほうがいい。
労働環境の悪い職場は「ブラック企業」「ブラックバイト」などと呼ばれる。その意味では、政治家もかなりブラックだ。料亭で密談を重ねているイメージがあるかもしれないが、ごく一部だ。とりわけ国会議員は激務だ。国会での会議も多い。党の勉強会も多い。地元に帰れば、選挙区も広く、どこへ行っても多くの陳情や要望を受ける。朝は駅頭活動、夜は会合。寝るヒマもない。国会と地元を行き来する移動時間が唯一の心安らぐ時間という議員も多い。特に、衆議院議員は平均任期が2年半。いつ解散総選挙があるかわからないから、常在戦場だ。秘書を最低3人与えられることが、せめてもの救いだ。一方、地方議員も、秘書などいるのはごく一部で、何でも自分でやらなければいけない。職住隣接だし、時間も自分で都合つけやすいが、いかんせんやることが多い。黙っていても当選できる人の中には、毎日が日曜日のような人もいる。しかし、たいていの議員は忙しい。しかも、報酬が安い議会だと、兼業で仕事もしなければいけない。だから、村上龍が『13歳のハローワーク』で書いたように、普通の13歳は政治家を目指すべきではない。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.24】
「首長」は、「クビチョウ」と読もう。
首長という仕事がある。国なら首相。都道府県なら知事。市町村なら市長・町長・村長。つまり、役所のトップだ。これを総称して首長と言うが、正確には「シュチョウ」と読む。しかし、会話の中で使うと「主張」「酋長」みたいでまぎらわしい。しかも、もともと行政組織を人間にたとえたときに、その頭みたいなものだから「首」長と名付けたわけだ。そのため、慣例的に首長は「クビチョウ」と読みならわすことになっている。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.25】
投票に行かないのと、白紙の投票は、意味が全然違う。ナメられないために、とりあえず選挙は行っとこう。
我々は、役所の経営者として、議員や首長を送り込んでいる。そして、選挙を通して優秀な経営者を選んでいる。この投票に行かないということは「何でもお任せします。文句言わないから好きにしてよ」という意味だ。そんな人ばかりで投票率が低いと、政治家も役所も「民衆の関心は低いから、何でも勝手に決めていいんだろうな」と思うのは当たり前だ。一方、選挙で投票用紙に何も書かず白票を投じることは、「今回の候補者の中に、眼鏡にかなう人物はいないから、この中からは選べない」という意味だ。逆に「無関心じゃないよ。ちゃんと見てるよ」との無言のメッセージとなる。使用人たちにナメられないよう、この国のオーナーのみなさん、とりあえず選挙には行っておこう。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.26】
政治家は、地域限定の芸能人みたいなもので、プライベートがない。
政治家は人気商売だ。その意味では、芸能人と似ている。そういえば最近、芸能人と同じくらい政治家のスキャンダルを目にする気がする。仕事とプライベートの境目もない。町内会の行事に出るのも、関心のある本を読むのも、仕事なのか私用なのか区別できない。ちなみに私は、三笠焼という横須賀名物を歩き食いしていたら、後日「みっともないからやめなさい」と叱られたことがある。ファミレスで質問原稿を書いていたら、後日「夢中でゲームやってたでしょ?」と言われたこともある。そもそも、政治家は公人なのでプライベートはないも同然だ。私生活を暴かれても、文句は言えない。それは有権者の判断材料とみなされる。一般人なら名誉毀損で訴えることもできる。だが、政治家は一定の誹謗中傷は甘んじて受けなければいけない。それは裁判の判例からも明らかだ。それでも、それも含めて楽しめる人には、やりがいのある仕事だ。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.27】
期日前投票のとき、投票日がムリな理由を聞かれるが、実は何でもいい。だから行けるときに投票には行っておこう。
今は、投票日まで待たなくても期日前投票で投票ができる。ただし、期日前投票所に行くと、投票日に投票できない理由を「宣誓書」に書かされる。だから、「別に用事があるわけじゃないんだよな〜」と気後れする人もいるかもしれない。でも、大丈夫。法律で決まっているから書かせるだけで、内容は問われない。担当者によっては見もしない。私なんて、いつも「(   )に従事のため」欄に「(居眠り)に従事のため」と書いて出しているが、何も言われない。だから、選挙戦の最後までじっくり見極めたい人は別として、もう心を決めた人は行けるうちに投票に行っておこう。また、投票日に台風が来るかもしれないから。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.28】
選挙の当選倍率は、実は高校入試並み。いつか、出馬も考えてみませんか?
選挙で勝つのは大変だと言われる。しかし、倍率で見ると、高校入試が1〜2倍程度で、地方選挙も同じくらい。1000人選挙に出たら、800人ぐらいは受かるイメージだ。市町村によっては、定員割れで「無試験合格」できるまちもある。ちなみに、横須賀市議選は比較的「偏差値」が高い。倍率も前回1.32倍、前々回1.49の「難関校」だ。とはいえ、新卒の就職活動は100倍なんて当たり前の世界。そう考えれば、就活と同じぐらいの労力を割けば、当選できる人は多いだろう。しかも、若くても当選すればいきなり取締役や社長クラス。いわゆるヤンエグ*だ。……ただし、選挙に出られる被選挙権は25歳から(首長と参議は30歳〜)。また、入試や就活と違って併願はできないので、浪人は覚悟だ。加えて、当選したらあなたは住民の代表だ。あなた一人の仕事ではなくなる。そこは、就職や学校とは違う。
*ヤンエグ:ヤング・エグゼクティヴの略。若くして報酬と地位の高い仕事に就いた者を指す、バブル時代の用語

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.29】
政治家になるための試験科目は面接だけ。ただし、究極の集団面接だ。
政治家になるのは、ハードルが高いと思われている。しかし、実はイメージほどじゃない。実際、学歴も職歴も問われない。田中角栄のように中卒だって総理大臣にもなれる。筆記試験も適正検査もない。障害を抱えていても、もちろん問題ない。親が犯罪者だろうが外国人や被差別部落だろうが、貧しい家庭の生まれだろうが、もちろん出自も関係ない。何の資格も要らない。ただ、日本国籍で、犯罪歴がなく、25歳(首長・参議は30歳)以上であればよい。そして、政治家になるには、ただ「面接試験」をパスすればよい。普通の面接と違うのは、「選挙期間」という数日間にわたる面接だということだ。しかも、面接官は1人じゃなく、横須賀市なら34万人もいる。彼らに50〜60人の候補者の中から自分1人を選んで名前を書いてもらうという、究極の集団面接だ。話し方から服装からスーパーで買い物する品目まで衆人環視の中、一挙手一投足、どこで何を見られているかわからない。そんな面接を乗り越えた先に、投票日の夜遅く「試験結果」が発表される。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.30】
「小選挙区」「中選挙区」「大選挙区」と言うが、実は選挙区の広さとは全く関係ない。
面積3㎢と全国最小の市町村・富山県舟橋村も、村議選は「大選挙区」だ。一方、面積14,741㎢と衆院選で全国最大の北海道12区も「小選挙区」だ。つまり、この大中小は、選挙区の広さの話ではない。実は、選挙区から選ばれる議員の数を意味している。小選挙区は、分割された選挙区の中で、たった1人しか選ばれない仕組み。日本だと衆議院選挙*だけが小選挙区だ。中選挙区は、分割された選挙区の中で数人が選ばれる仕組み。参議院選挙*や都道府県議選・政令市議選が中選挙区だ。一方、大選挙区は、選挙区を分割しない。まち全域が一つの選挙区となり、全員がそこから選ばれる仕組み。一般市区町村の議員選挙が大選挙区だ。意外と、プロの政治家でも選挙区の広さの話だとカン違いしている人もいるくらい、まぎらわしい用語だ。
*衆院選と参院選には選挙区の他に比例区の選挙もある。
posted by 小林のぶゆき at 13:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

バカにされてきたみなさんへ。〜チラシ26号を、ナウなヤング向け特集で発行〜

26241327_1408858735889677_1507872931_n.png チラシ第26号を制作しました。印刷版は、週明けから各地で配布予定です。

●特集:バカにされてきたみなさんへ。
 という内容でお伝えしています。
 →ダウンロード(PDF)

 1/8の成人式の案内状をもらって、最近「中学生にもわかるセイジの話」というコラムを書いていることもあり、「公民教育をちゃんとやらなきゃ」という思いで制作しました。
 この号は、普段のチラシとは違って、ナウなヤングに出会えそうな場所で念入りに配っていこうと思います。もちろん、私のように昔はヤングだったみなさんにも、喜んでお配りいたします。
 普通に配ってもなかなか受け取ってもらえないので、今回はちょっとトガった看板とタイトルにしてみました。不愉快に思う人もいるかもしれません。でも、丸くして誰にも読んでもらえないよりは、90人が不愉快でも10人に刺さったほうがいいと判断しました。ご容赦頂ければ幸いです。

 地方政治は「民主主義の学校」と言われますが、その役割を十分に果たせているだろうか? 自問自答しながら、活動しています。お気づきのことがあれば、気軽にお寄せ下さい。
posted by 小林のぶゆき at 14:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

保育園で主食を提供する話はどうなってるの?

 横須賀市の公営保育園では、給食を出していますが、主食だけは提供していません。より正確に言えば、0〜2歳児には主食もおかずも、全ての園で提供しています。しかし、3〜5歳児にはおかずだけ提供しています。

 特に夏場などは、食中毒なども不安な中、どうして傷みやすいご飯だけを持っていかなければならないのか? もちろん、パン持参の家庭もありますが油と塩が過多になりやすいし、どうせだったら温かいゴハンを出してあげられないものなのか?

 そこで、私が一丁目一番地に掲げた政策が、公営保育園での主食提供でした。
 →チラシ「小林のぶゆき」第1号(2011年1月発行号・PDF)

 その後、2017年6月の市長選でも、現・上地市長が掲げて話題になりました。
 →「保育園でも完全給食が実現か!?〜あの上地パパが公約の一丁目一番地に」

 ところが、これが頓挫してしまっているようです。
 理由はハッキリわからないのですが、「炊飯器具を置く場所がない!」とか「保育園の調理員さんたちが反対している!」とかではなく、どうやら公立と民間があることに加え、幼稚園・保育園の無償化の話も出ている中で、制度設計をどうしようか迷っている感じです。

 ということであれば、さっそく現状把握をしてみました。
●公立保育園
11園中、1園で3〜5歳児の主食を提供している。
(指定管理者制度の田浦保育園。その他10園は全て公設公営)

●民間認可保育園
27園中、19園で3〜5歳児の主食を提供している。
(ただし、ベネッセ汐入保育園は0〜2児のみしかいないので、母数は実際には26園)

●幼保連携型認定こども園
9園中、7園で3〜5歳児の主食を提供している。
(いずれも民間の認可施設)

●結論(3〜5歳を対象とした保育機能を持つ施設)
46施設中、27施設で3〜5歳児の主食を提供している。
うち、公立を除く民間施設は35施設あり、26施設で3〜5歳児の主食を提供している。


 この状況の中で、どうするべきか?

 上地市長の公約は次の内容です。(下線、筆者)
公約1:4年の任期ごとに市長が得ている2,000万円の退職金を廃止します。
横須賀市の財政難が続いている中で、4年で2,000万円以上の退職金は重要な財源になります。そこで先ずトップが責任を取るべきだと思い、私の任期から、即時廃止とすることをお約束します。
この2,000万円超をどう使うかですが、例えば、市内の公立保育園に通っている子どもの給食をよくすることに使いたいと思います。現在の給食はおかずだけで、主食がありません。子どもたちに主食も提供し、これまで用意していた家族の方の負担も軽減します。その他、市民の生活をより良いものに変えていけることに使ってまいります。

 この公約内容を勘案すれば、まずは、公立保育園11園中、公営の10園で主食を提供するための設備投資に退職金分を充てることです。もちろん民間もありますが、民間がどうするかは、民間が考えます。
 ただし、民間で主食提供している園は、1園を除いて全て有料のようです。当然です。だから、民業を圧迫しないよう、公営の10園は給食費を徴収すべきです。
 また、「うちの子は主食要ります」「うちの子は主食要りません。だから給食費も払いません」が選べるよう、年間を通じた選択制とすればいいでしょう。
 それが実現すれば、民間保育園での主食提供にかかる設備投資に補助をすればいいと思います。設備投資というと大げさに聞こえますが、要するに炊飯器を買って差し上げるということです。

 以上、どうやって実現するか、調整してみたいと思います。
posted by 小林のぶゆき at 16:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする