2018年01月15日

【会派視察報告:全国都市問題会議2017】横須賀市の、これまでとこれから。

 11/8〜11/10の日程で、会派・研政のメンバー5人で第79回全国都市問題会議に参加してきた。
 結論から言えば、全国都市問題会議には、金輪際、二度と視察をしないことをお約束したい。
 ただし、首都大学東京・山下祐介准教授の講演は聞くことができて良かった。企画が甘かったからといって、全てが役に立たなかったわけではない。

 まず、市民の皆様に反省の弁を述べたい。
 2015年に、初めて全国都市問題会議に参加し、中身の空疎さに懲りていたはずだった。
 →【研修報告前編】第77回全国都市問題会議に参加するも、費用対効果が疑問でした

 ただし、「充実していた回もあった」とも聞いており、次の点からも「今回は期待できるのではないか」と会派内で議論し参加することとした。
●今回の主題「ひとがつなぐ都市の魅力と地域の創世戦略 ―新しい風をつかむまちづくりー」
●合計特殊出生率が日本一の沖縄県
●観光立県の沖縄県
●横須賀と同様に基地問題を抱える沖縄県
●子どもの貧困への対策に力を入れる那覇市

 加えて、全国から多くの議員や首長が集まる歴史ある研究集会との安心感もある中で、しかし、期待は裏切られた。前回並みに空疎だった。
 参加費10,000円に加え、航空券&宿泊費で99,000円の税金を投じたにもかかわらず、議会活動を通じて市民に還元できる知見は乏しかった。
 私は、視察において、常に政務活動費の投資を上回るリターンを目指してきた。そして、これまでの成績としては、平均的にはかなり上回ってきたと自負している。しかし、今回「費用に見合うか?」と問われれば、「ひょっとしたら、どこか別の場で山下教授の講演会が聞けたら、それで良かったかもしれません」と答える他ない。
 市民の皆様、本当に申し訳ありませんでした。
 とはいえ以下、内容について報告する。

基調講演
 一昨年に全国都市問題会議に参加したとき、基調講演が登山家の人生論で、驚いたことがある。そして、今回も期待を裏切ってくれた。なんと、江戸時代の参勤交代の話だったのである。
 もちろん、話自体は面白い部分が多々あったし、歴史マニアなら垂涎だろう。しかし、ここは地域経営者の集まりだ。
 もしも、参勤交代話をするならば「参勤交代は、経済的にも文化的にも大いに意義があった。ついては、現代版参勤交代を導入すべきではないか?」という提起ならば話がわかる。また、参勤交代によって、現在の日本の都市軸ができたという話もうなづける。ただし、「では、今後どうするか?」につながらない話には、価値を見いだせない。
 少なくとも、私が、かなり穿った見方の洞察を引き出すとすれば、次のような内容だ。
 「参勤交代は各自治体に大きな負担も強いたが、日本全体としては交通インフラや宿場など都市機能の蓄積をもたらし、経済も活性化した。同様に、現代においてはこの全国都市問題会議のような機会を増やし、議員から首長・職員まで大挙して大尽旅行することで、ケインズ経済学で言うような公共投資効果があり、日本経済に良い影響がある。講や無尽のように、回ってきた開催地も豊かになるので、全国都市問題会議はもっと頻度を上げて開催せよ!」

主報告
 主報告は、開催地・那覇市の市長だった。
 冒頭、城間市長が「主報告をさせてもらえるのは、開催地へのご褒美だと思う」旨の発言をしたときに、「うわー、こりゃ期待薄だな」と感じたが、実際そうなった。
 大体において、首長の発表というのは、総花的な「やってます」アピールのオンパレードになりがちだ。那覇市だけでなく、あらゆる基礎自治体が、全方位の取り組みをしている。その中で参考になるのは、新しいことに挑戦した際の成功事例と失敗事例だ。だから、それを重点的に話してくれればいいのだが、往々にして焦点を絞りきれない。
 那覇市であれば、全国平均の1.8倍にものぼる子どもの貧困率への対策に絞って話をしてくれればよかった。とりわけ、同じくシングルマザーや貧困世帯の多い我が市には持ち帰るところが多かったはずだ。
 なにしろ総花で、深堀した話が聞けなかったので、持ち帰れるものに乏しい話だった。

一般報告
 一般報告1人目の首都大学東京准教授の山下祐介氏の講演は、今回の研修大会の中で最も得るものが多かった。
 示された視座の中で、印象的なものは次のとおりだ。

・職業威信の序列
 (東京が上・地方が下。高次産業が上・農林漁業が下)

・権力の集中に伴うカネの集中と人の集中

・地方創生を疑え
 (人口が増加している自治体は、取り組みが成功したわけではなく、交通や立地など構造的な影響のおかげ)

・転入促進で人口は増えない
 (市町村単位では影響があるが、全国的には人が移動しただけ)

・コンパクトシティを疑え
 (過疎化が進んだ地域の公共施設やインフラを削減すれば、さらに衰退が進むのではないか)

・行政計画と市民の人生がつながっていない
 (空間の地理的な計画だけではなく、時間の人生のサイクル的に響くメッセージが必要では)

・強まる、市民の行政への依存
 (都市部ほど、行政への依存が必要であり、子供も増えない。個人として自立している人ほど、共同体や地域からは自立していても、行政には依存せざるを得ないという矛盾)

・過剰な不安
 (団塊の世代は第二次ベビーブームを起こしたが、団塊ジュニアは第三次ベビーブームを起こせなかった)

 これらの視座を受けて、横須賀市の進むべき方向について思いをめぐらしてみたい。

横須賀市のこれまでとこれからを改めて考える
 2015年3月の本会議で会派・研政の代表質問を行った際にも述べたことだが、前市長時代に掲げた「選ばれるまち」は我がまちには合っていなかった。

 本市には、生産年齢人口の層に大挙して選ばれる条件は、今や整っていない。
 かつて、高度成長期に郊外化が進んだ時代。首都圏まで通勤圏で住宅が手頃に買えた本市は、まさに「選ばれるまち」だった。しかし、人口減少時代となり、都心部の地価下落傾向に伴い、近年は都心回帰が進んでいる。特に、川崎や武蔵小杉や辻堂のように、新しい駅ができたり工場の移転に伴って跡地にマンションが建ったりする場所が「選ばれるまち」となる。残念ながら、各市町村の努力とは無関係に、立地や交通インフラといった構造的・外的要因が大勢を決する。加えて川崎市や藤沢市は、実際は別として、子育て支援に力を入れているイメージもうまく訴求している。伸びている最中なので、投資する財源も生み出しやすい。ちなみに、本市から転出してゆく先も、その2市が多い。
 いずれにしても本市では、子育て世代のボリューム・ゾーンの転入は狙えない。

 本市が「選ばれるまち」として成立するには、よりマイノリティな嗜好を持った層を薄く広く集めるしかない。LOHAS、スローライフ、オーガニック、天然生活、サーフ、といった鎌倉・逗子・葉山と地続きなイメージで誘引することだろう。しかし、本市は、文化圏としては地続きだが、横須賀市という地名にそのイメージはない。だから、私は「みうら市」に改称するのも一つの方法だと考えるが、なかなかそうも行かない。ついては、プリンで有名なカフェ・マーロウやミシュランで有名なホテル・音羽の森のように、横須賀市という地名をひた隠しにして、秋谷や津久井といった市内のサブ・ブランドで勝負するのもひとつの方策となろう。
 そういった誘引は、それはそれで淡々とやっていくのだ。しかし、劇的な課題解消は望めない。だから、本市を「選ばれるまち」として「都市イメージ創造発信」し、他市と競争するのは、労多くして益少ない手法だった。このムズムズ感を、何度も議会で指摘してきたが、ようやく明快に言語化できた。

 地方創生の名の下、国によって地方は競わされている。そんな市町村間の人口奪い合いゲームのレッドオーシャンあるいはチキンレースに、本市が首を突っ込む必要はない。大事なことは、「市民の安心感」だ。
 まちは、民間企業とは違う。基本的に、つぶれることはまれだ。もちろん、夕張市のように破綻して行政サービスを大幅に切り下げるまちも中にはある。しかし、本市はそんな状況では全くない。こう言っては悪いが、そこは三浦市とは違う。
 かつて、「このままでは、第二の夕張になる」と危機を煽った市長もいたが、結果として失敗だった。もちろん、財政健全化のための意識啓発には役立った。しかし、後知恵で申し訳ないが、そのメッセージは、まちに対する「市民の安心感」を阻害するからだ。
 大切なことは、「このまちなら安心」「将来はもっとよくなる」「幸せに子育てができる」といった“気分”だ。夢や希望と言い換えてもいい。「行政経営者が、根拠もない“気分”“夢”“希望”を語るな!」と言われるかもしれない。しかし、行政のお客さまは住民という人間だ。人間は、感性の生き物である。飲食店を選ぶときに、味と量と値段だけでは選ばない。内装、店員、窓の景色、料理の見た目、客層……そんな雰囲気全体で選ぶ。であれば、暮らすまちも同じはずだ。そのまちで暮らす自分や家族が幸せそうかどうか、全体的なイメージで選ぶ。
 その意味で、本市は現時点での住民満足度が決して低いわけではない。アンケートでも82%の市民が満足している。ただし、将来への漠然とした不安が払拭できていない。むしろ、かきたてられ続けている。「人口流出日本一」「まだまだ進む少子高齢化」「水道代・健康保険料・介護保険料の値上げラッシュ」「ハコモノ三兄弟」「市の借金3000億円」「第二の夕張」「過剰なハコモノの負担が子どもたちの肩に」……。こうした言葉が街頭でも新聞でも踊り、いやおうなく将来不安は募っていくばかりだ。この意味では、私も思いっきり不安をあおってきた面は否めない。大いに反省しなければならない。
 しかし、以前「データで考える2050年の横須賀」(→チラシ →街頭プレゼン)でも紹介したように、ファンダメンタルズ的には本市の将来は決して暗くない。日本を先取りするまちだから他市より先に落ち込んだだけで、あと数年で底を打つ。経営の舵取りを間違えなければ、ソフト・ランディングできるまちだ。そして、適切に投資をすれば、再浮揚もできる。それが本市だ。

 この観点で言えば、個々の能力への評価は置いておくとして、昨年6月の市長選の結果は、あるメッセージだ。
 将来世代への投資を控え堅実なカイゼン型経営をしてきた前市長には、ある種の暗さがつきまとっていた。それは、法的にグレーな行為が100条委員会で問われたことを抜きにしても、「選ばれるまち」という競争ワードに終始し、明るい将来を描いて訴求することができていなかったことがやはり大きいのではないか。
 一方の現市長には、明るさがある。「横須賀復活〜Make Yokosuka Great Again〜」と銘打って、様々な投資プランをぶち上げた。中には、到底実現が難しい京急久里浜線の複線化といった荒唐無稽なものもあり、途中で政策チラシから削除したりもしている。しかし、市民はその明るい将来の“気分”を選んだのではないか。

 景気についても、結婚して子供をつくるかどうかについても、人間だから“気分”が左右する。
 よそのまちと競い争う必要はない。いま、本市に住んでいるみなさんに、「このまちなら安心」「将来はもっとよくなる」「幸せに子育てができる」といった“気分”を持ってもらうこと。そのための、適切なメッセージを発すること。そして、政策・事業でメッセージを裏付け、“気分”を実感していただくこと。それが、横須賀市の行政経営者の仕事ではないだろうか。

 そんな洞察を得た講演だった。


 その後、他の一般報告やパネルディスカッションもあったが、本市に活かせそうな視座としてはあまり記憶に残っていない。そのため、駄文を連ねても仕方がないため、以上で視察報告の筆を置きたい。
posted by 小林のぶゆき at 14:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

【中学生にもわかるセイジの話】まとめ(Vol.21〜30)

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.21】
「保育園落ちた日本死ね!!!」は間違い。それを言うなら「市議会議員死ね!」が正しい。
「保育園落ちた日本死ね!!!」というツイートが一時期話題になった。国会でも取り上げられたようだが、ちょっと待って。保育園をどうするかは、ホントは市町村の仕事だよ。国会議員にすら理解できてない人がいるから困る。そして、市の最終決定者は市議会議員。だから、保育園に入れなくて腹を立てるんなら、市区町村議会議員に文句言わなきゃダメ。……ところで、文句言う前に選挙には行ったんでしょうね? 行ってないなら、そもそも言う資格ないからね。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.22】
投票は、実は手ぶらでOK。ハガキが送られてくるけど、あれは入場券じゃない。
投票は、実は手ぶらで行ける。投票日も期日前も、どちらも同じだ。よく選挙の直前に、役所からハガキが送られてくるが、あれを「投票券」や「入場券」だと思っている人が多い。若い頃、私もカン違いしていて、部屋に忘れてきたから投票をサボったことがある。ところが実はあのハガキは、ただの案内状。よく見ると確かに「投票案内」と書いてある。投票所でいくつかの質問に答えれば、ちゃんと投票用紙をくれる。だから、何はなくとも、選挙には行こう。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.23】
政治家は、超ブラックな職業だ。普通の中学生は、目指さないほうがいい。
労働環境の悪い職場は「ブラック企業」「ブラックバイト」などと呼ばれる。その意味では、政治家もかなりブラックだ。料亭で密談を重ねているイメージがあるかもしれないが、ごく一部だ。とりわけ国会議員は激務だ。国会での会議も多い。党の勉強会も多い。地元に帰れば、選挙区も広く、どこへ行っても多くの陳情や要望を受ける。朝は駅頭活動、夜は会合。寝るヒマもない。国会と地元を行き来する移動時間が唯一の心安らぐ時間という議員も多い。特に、衆議院議員は平均任期が2年半。いつ解散総選挙があるかわからないから、常在戦場だ。秘書を最低3人与えられることが、せめてもの救いだ。一方、地方議員も、秘書などいるのはごく一部で、何でも自分でやらなければいけない。職住隣接だし、時間も自分で都合つけやすいが、いかんせんやることが多い。黙っていても当選できる人の中には、毎日が日曜日のような人もいる。しかし、たいていの議員は忙しい。しかも、報酬が安い議会だと、兼業で仕事もしなければいけない。だから、村上龍が『13歳のハローワーク』で書いたように、普通の13歳は政治家を目指すべきではない。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.24】
「首長」は、「クビチョウ」と読もう。
首長という仕事がある。国なら首相。都道府県なら知事。市町村なら市長・町長・村長。つまり、役所のトップだ。これを総称して首長と言うが、正確には「シュチョウ」と読む。しかし、会話の中で使うと「主張」「酋長」みたいでまぎらわしい。しかも、もともと行政組織を人間にたとえたときに、その頭みたいなものだから「首」長と名付けたわけだ。そのため、慣例的に首長は「クビチョウ」と読みならわすことになっている。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.25】
投票に行かないのと、白紙の投票は、意味が全然違う。ナメられないために、とりあえず選挙は行っとこう。
我々は、役所の経営者として、議員や首長を送り込んでいる。そして、選挙を通して優秀な経営者を選んでいる。この投票に行かないということは「何でもお任せします。文句言わないから好きにしてよ」という意味だ。そんな人ばかりで投票率が低いと、政治家も役所も「民衆の関心は低いから、何でも勝手に決めていいんだろうな」と思うのは当たり前だ。一方、選挙で投票用紙に何も書かず白票を投じることは、「今回の候補者の中に、眼鏡にかなう人物はいないから、この中からは選べない」という意味だ。逆に「無関心じゃないよ。ちゃんと見てるよ」との無言のメッセージとなる。使用人たちにナメられないよう、この国のオーナーのみなさん、とりあえず選挙には行っておこう。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.26】
政治家は、地域限定の芸能人みたいなもので、プライベートがない。
政治家は人気商売だ。その意味では、芸能人と似ている。そういえば最近、芸能人と同じくらい政治家のスキャンダルを目にする気がする。仕事とプライベートの境目もない。町内会の行事に出るのも、関心のある本を読むのも、仕事なのか私用なのか区別できない。ちなみに私は、三笠焼という横須賀名物を歩き食いしていたら、後日「みっともないからやめなさい」と叱られたことがある。ファミレスで質問原稿を書いていたら、後日「夢中でゲームやってたでしょ?」と言われたこともある。そもそも、政治家は公人なのでプライベートはないも同然だ。私生活を暴かれても、文句は言えない。それは有権者の判断材料とみなされる。一般人なら名誉毀損で訴えることもできる。だが、政治家は一定の誹謗中傷は甘んじて受けなければいけない。それは裁判の判例からも明らかだ。それでも、それも含めて楽しめる人には、やりがいのある仕事だ。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.27】
期日前投票のとき、投票日がムリな理由を聞かれるが、実は何でもいい。だから行けるときに投票には行っておこう。
今は、投票日まで待たなくても期日前投票で投票ができる。ただし、期日前投票所に行くと、投票日に投票できない理由を「宣誓書」に書かされる。だから、「別に用事があるわけじゃないんだよな〜」と気後れする人もいるかもしれない。でも、大丈夫。法律で決まっているから書かせるだけで、内容は問われない。担当者によっては見もしない。私なんて、いつも「(   )に従事のため」欄に「(居眠り)に従事のため」と書いて出しているが、何も言われない。だから、選挙戦の最後までじっくり見極めたい人は別として、もう心を決めた人は行けるうちに投票に行っておこう。また、投票日に台風が来るかもしれないから。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.28】
選挙の当選倍率は、実は高校入試並み。いつか、出馬も考えてみませんか?
選挙で勝つのは大変だと言われる。しかし、倍率で見ると、高校入試が1〜2倍程度で、地方選挙も同じくらい。1000人選挙に出たら、800人ぐらいは受かるイメージだ。市町村によっては、定員割れで「無試験合格」できるまちもある。ちなみに、横須賀市議選は比較的「偏差値」が高い。倍率も前回1.32倍、前々回1.49の「難関校」だ。とはいえ、新卒の就職活動は100倍なんて当たり前の世界。そう考えれば、就活と同じぐらいの労力を割けば、当選できる人は多いだろう。しかも、若くても当選すればいきなり取締役や社長クラス。いわゆるヤンエグ*だ。……ただし、選挙に出られる被選挙権は25歳から(首長と参議は30歳〜)。また、入試や就活と違って併願はできないので、浪人は覚悟だ。加えて、当選したらあなたは住民の代表だ。あなた一人の仕事ではなくなる。そこは、就職や学校とは違う。
*ヤンエグ:ヤング・エグゼクティヴの略。若くして報酬と地位の高い仕事に就いた者を指す、バブル時代の用語

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.29】
政治家になるための試験科目は面接だけ。ただし、究極の集団面接だ。
政治家になるのは、ハードルが高いと思われている。しかし、実はイメージほどじゃない。実際、学歴も職歴も問われない。田中角栄のように中卒だって総理大臣にもなれる。筆記試験も適正検査もない。障害を抱えていても、もちろん問題ない。親が犯罪者だろうが外国人や被差別部落だろうが、貧しい家庭の生まれだろうが、もちろん出自も関係ない。何の資格も要らない。ただ、日本国籍で、犯罪歴がなく、25歳(首長・参議は30歳)以上であればよい。そして、政治家になるには、ただ「面接試験」をパスすればよい。普通の面接と違うのは、「選挙期間」という数日間にわたる面接だということだ。しかも、面接官は1人じゃなく、横須賀市なら34万人もいる。彼らに50〜60人の候補者の中から自分1人を選んで名前を書いてもらうという、究極の集団面接だ。話し方から服装からスーパーで買い物する品目まで衆人環視の中、一挙手一投足、どこで何を見られているかわからない。そんな面接を乗り越えた先に、投票日の夜遅く「試験結果」が発表される。

【中学生にもわかるセイジの話:Vol.30】
「小選挙区」「中選挙区」「大選挙区」と言うが、実は選挙区の広さとは全く関係ない。
面積3㎢と全国最小の市町村・富山県舟橋村も、村議選は「大選挙区」だ。一方、面積14,741㎢と衆院選で全国最大の北海道12区も「小選挙区」だ。つまり、この大中小は、選挙区の広さの話ではない。実は、選挙区から選ばれる議員の数を意味している。小選挙区は、分割された選挙区の中で、たった1人しか選ばれない仕組み。日本だと衆議院選挙*だけが小選挙区だ。中選挙区は、分割された選挙区の中で数人が選ばれる仕組み。参議院選挙*や都道府県議選・政令市議選が中選挙区だ。一方、大選挙区は、選挙区を分割しない。まち全域が一つの選挙区となり、全員がそこから選ばれる仕組み。一般市区町村の議員選挙が大選挙区だ。意外と、プロの政治家でも選挙区の広さの話だとカン違いしている人もいるくらい、まぎらわしい用語だ。
*衆院選と参院選には選挙区の他に比例区の選挙もある。
posted by 小林のぶゆき at 13:21| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月05日

バカにされてきたみなさんへ。〜チラシ26号を、ナウなヤング向け特集で発行〜

26241327_1408858735889677_1507872931_n.png チラシ第26号を制作しました。印刷版は、週明けから各地で配布予定です。

●特集:バカにされてきたみなさんへ。
 という内容でお伝えしています。
 →ダウンロード(PDF)

 1/8の成人式の案内状をもらって、最近「中学生にもわかるセイジの話」というコラムを書いていることもあり、「公民教育をちゃんとやらなきゃ」という思いで制作しました。
 この号は、普段のチラシとは違って、ナウなヤングに出会えそうな場所で念入りに配っていこうと思います。もちろん、私のように昔はヤングだったみなさんにも、喜んでお配りいたします。
 普通に配ってもなかなか受け取ってもらえないので、今回はちょっとトガった看板とタイトルにしてみました。不愉快に思う人もいるかもしれません。でも、丸くして誰にも読んでもらえないよりは、90人が不愉快でも10人に刺さったほうがいいと判断しました。ご容赦頂ければ幸いです。

 地方政治は「民主主義の学校」と言われますが、その役割を十分に果たせているだろうか? 自問自答しながら、活動しています。お気づきのことがあれば、気軽にお寄せ下さい。
posted by 小林のぶゆき at 14:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月04日

保育園で主食を提供する話はどうなってるの?

 横須賀市の公営保育園では、給食を出していますが、主食だけは提供していません。より正確に言えば、0〜2歳児には主食もおかずも、全ての園で提供しています。しかし、3〜5歳児にはおかずだけ提供しています。

 特に夏場などは、食中毒なども不安な中、どうして傷みやすいご飯だけを持っていかなければならないのか? もちろん、パン持参の家庭もありますが油と塩が過多になりやすいし、どうせだったら温かいゴハンを出してあげられないものなのか?

 そこで、私が一丁目一番地に掲げた政策が、公営保育園での主食提供でした。
 →チラシ「小林のぶゆき」第1号(2011年1月発行号・PDF)

 その後、2017年6月の市長選でも、現・上地市長が掲げて話題になりました。
 →「保育園でも完全給食が実現か!?〜あの上地パパが公約の一丁目一番地に」

 ところが、これが頓挫してしまっているようです。
 理由はハッキリわからないのですが、「炊飯器具を置く場所がない!」とか「保育園の調理員さんたちが反対している!」とかではなく、どうやら公立と民間があることに加え、幼稚園・保育園の無償化の話も出ている中で、制度設計をどうしようか迷っている感じです。

 ということであれば、さっそく現状把握をしてみました。
●公立保育園
11園中、1園で3〜5歳児の主食を提供している。
(指定管理者制度の田浦保育園。その他10園は全て公設公営)

●民間認可保育園
27園中、19園で3〜5歳児の主食を提供している。
(ただし、ベネッセ汐入保育園は0〜2児のみしかいないので、母数は実際には26園)

●幼保連携型認定こども園
9園中、7園で3〜5歳児の主食を提供している。
(いずれも民間の認可施設)

●結論(3〜5歳を対象とした保育機能を持つ施設)
46施設中、27施設で3〜5歳児の主食を提供している。
うち、公立を除く民間施設は35施設あり、26施設で3〜5歳児の主食を提供している。


 この状況の中で、どうするべきか?

 上地市長の公約は次の内容です。(下線、筆者)
公約1:4年の任期ごとに市長が得ている2,000万円の退職金を廃止します。
横須賀市の財政難が続いている中で、4年で2,000万円以上の退職金は重要な財源になります。そこで先ずトップが責任を取るべきだと思い、私の任期から、即時廃止とすることをお約束します。
この2,000万円超をどう使うかですが、例えば、市内の公立保育園に通っている子どもの給食をよくすることに使いたいと思います。現在の給食はおかずだけで、主食がありません。子どもたちに主食も提供し、これまで用意していた家族の方の負担も軽減します。その他、市民の生活をより良いものに変えていけることに使ってまいります。

 この公約内容を勘案すれば、まずは、公立保育園11園中、公営の10園で主食を提供するための設備投資に退職金分を充てることです。もちろん民間もありますが、民間がどうするかは、民間が考えます。
 ただし、民間で主食提供している園は、1園を除いて全て有料のようです。当然です。だから、民業を圧迫しないよう、公営の10園は給食費を徴収すべきです。
 また、「うちの子は主食要ります」「うちの子は主食要りません。だから給食費も払いません」が選べるよう、年間を通じた選択制とすればいいでしょう。
 それが実現すれば、民間保育園での主食提供にかかる設備投資に補助をすればいいと思います。設備投資というと大げさに聞こえますが、要するに炊飯器を買って差し上げるということです。

 以上、どうやって実現するか、調整してみたいと思います。
posted by 小林のぶゆき at 16:18| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする