2017年04月29日

【視察報告後編】横須賀に市電(LRT)はなじむのか?〜富山市〜

 視察3日目は富山市だ。「せっかく舞鶴に行くなら、同じ日本海側だし経費節約のためにもまとめて行きたい」と思ったところ、日程を快諾頂けた。
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 富山市には何年も前から行きたかった。もちろん、お目当てはLRT(新型路面電車)だ。
 私は、「ヨコスカ市電計画」なる構想をブチ上げ、我が市へのLRT導入を目論んでいる。

 その実現可能性を探るべく、先進事例の富山市がどうやって日本初でLRTを導入できたのか、その秘訣が知りたかったのだ。

 ありがたいことに、路面電車推進課7年目の土木職の専門家にお話を伺うことができた。っていうか、「路面電車推進課」なる部署があるまちは、日本広しといえども富山市ぐらいじゃないか?


鉄道をめぐる近年の状況

 富山市の事例の前に、鉄道をめぐる概況をおさらいしておきたい。
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 1987年に国鉄が民営化された。当時の政権は右の新聞広告のように「不便になりません。運賃も高くなりません。」と謳っていたが、約束は守られなかった。不採算路線では、減便や廃線が検討されることとなった。
※読売新聞1986年5月22日号国会資料より引用
 「ローカル線(特定地方交通線以外)もなくなりません」との言い方も、我々庶民にはわかりにくい。約80路線にも上る特定地方交通線のほとんどが、庶民が思い描く「ローカル線」そのものだったはずだ。もちろん、全ての路線を残すべきだったとは言わない。不可能だ。とはいえ、やはりこの広告はあまりに不誠実だったのではないか?
 いずれにしても、この民営化に、モータリゼーションによる乗客減と、現役世代の減少に続く人口全体の減少が追い打ちをかけていった。

 ところで国鉄と違い、日本の私鉄は「民鉄モデル」を確立している。つまり、鉄道だけではなく同時に沿線の不動産開発をし、住宅や商業施設も整備することで、鉄道だけでは儲からなくても小売や不動産も含めた連結で利益を確保するというモデルだ。これなら、線路は維持できる。
 ただし、旧国鉄は「民鉄モデル」が不要だったために、鉄道事業以外の収益源に乏しい。JRへと民営化し、近年でこそ、駅ビルやエキナカなど不動産と小売に力を入れているが、都市部の話だ。地方においては、それらが成り立たず、収益源にならない。また、私鉄なら自分が敷いた沿線に住む住民に対して線路を維持する社会的責任も感じるだろうが、自分で線路を敷いたわけではないJRにとっては、路線を維持する道義的な責任も薄いだろう。さらに、新幹線と平行して走る在来線は競合するため、JRから経営を切り離せる制度となっている。それらの路線を、行政や第3セクターが引き受けるケースも多い。
 かくして、旧国鉄路線をはじめとして、日本全国で廃線や減便が相次いできた。

 ここで考えたいのは、「廃線をする鉄道会社は悪いのか?」ということだ。
 鉄道会社は公的な事業とはいえ、あくまで民間企業である。株式会社であれば、第一義的には株主に対して利益を最大化する責任がある。もちろん、経営には多様なステークホルダーへの配慮やCSRの観点も重要だ。しかし、赤字を垂れ流し続ける不採算路線をあたかも慈善事業のように維持し続けていれば、経営陣は説明責任を問われ、株主代表訴訟を起こされる可能性すらある。そこへ「企業の社会的責任を!」と叫んだところで、二宮尊徳先生から「経済なき道徳は寝言だ」と言われるのがオチだ。
 つまり、私は「そこまで鉄道会社を責めても仕方ないでしょ」と考える。

 じゃあ、どうすればいいのか? どんどん減便され廃線されていく様を指をくわえて見ているしかないのか?
 いや、そうではない。
 ここで海外に眼を転じてみたい。両備グループ代表・小嶋光信氏の言葉によれば、実は「日本は公共交通のガラパゴス」らしい。
 ケータイにおいては、ゴテゴテと機能を付加する形で垂直統合型の独自の進化を遂げた日本の「ガラパゴス・ケータイ」が、水平分業型のスマートフォンの台頭によって駆逐された。同様に、日本の公共交通も海外と比べて独自の進化を遂げていた。日本の特徴は、公共交通を行政が支援しない点にある。
 日本においては、高度成長期の人口増と経済成長という恵まれた時代背景もあって、先に述べた「民鉄モデル」があまりにも成功した。そのため、「公共交通は民間が担うもの」という常識が生まれた。しかし、日本の常識が世界の常識ではない。また、成長局面において成功したモデルが、成熟局面においても機能するとは限らない。だが、成功体験が邪魔して、発想の転換ができなかったばかりに、多くの行政が、まちの衰退を招きかねない公共交通の廃線や減便をみすみす放置し続けてきた。
 ちなみに、我が市も例外ではない。全く同じ構図が当てはまると私は見ている。3.11以降のJR横須賀線の減便、湘南新宿ライン発着駅の横須賀駅から逗子駅への変更、逗子駅乗り換えの増加……。こうした利便性低下に対して、JR東日本に「お願い」するばかりで何の手も打ってこなかった。営利企業に、利のない「お願い」で動いてもらおうなんて虫のいい話だと気付かないあたりが現市長の限界であり、旧常識の足かせに囚われすぎだと言える。
 一方、とりわけ欧州においては、公共交通を行政が担うことは一般的なようだ。もちろん、日本でも市電などは行政が担っている。しかし、民営の公共交通に行政がカネを出す、ということには違和感を覚える向きも多い。だから、正確に言えば、民間が担っている公共交通に対し行政支援することが一般的だ、ということになる。

大成功事例としての富山市

 こうした文脈の中に、富山市のLRTはある。
 廃線も選択肢に挙がっていたJR富山港線を、「そんなの、あなたがた事業者の仕事でしょ」と放置することもできた。そのかわりに、富山市は知恵とカネを出して公設民営方式のLRTとして再生した。続いて、長年にわたり廃線となっていた環状路面電車を、公設民営方式のLRTとして再生した。
 いずれも、民間事業を行政が支援しながら、行政ニーズにも応えてもらう形をとった。その結果、ノウハウのない行政が丸抱えすることに比べ、比較的に少ない投資で大きな効果を生んだ。
 沿線の住宅着工件数は増え、地価も上がり、沿線への転入者も増加し、高齢者や女性などの交通弱者の移動手段も確保され、出歩くことで健康寿命も伸び、ついでに市内消費額も増加し、何よりも市民の利便性と満足度が向上した。
 より露骨に言えば、いずれの鉄道事業者とも利益が出ており、市長はこの実績を引っ下げてあちこちで表彰されて選挙でも圧勝し、市内事業者には初期投資や運営経費含め様々なおカネが落ちた。みんながWin‐Winで、誰も損しない。政策のあり方として、こんな上策はない。

事業の採算性について

 では、富山市の支出額はいくらあり、それは費用対効果で見合う額だったのか?
(1)ポートラム:JR富山港線のLRT化(富山駅北側)
(2)セントラム:LRTによる環状路面電車の再生(富山駅南側)
 富山市が関わったこの2路線について、それぞれイニシャル・コストとランニング・コストに分けて概観してみたい。

(1)ポートラム:JR富山港線のLRT化(富山駅北側)
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●イニシャル・コスト(整備費用)
 全体の整備費用としては約58億円だったという。ただし、元々進められていたJR富山駅の高架化と併せて整備したため、二度手間になる部分を避けることができたうえ、一定の費用を高架化のサイフで賄うことができたという。加えて、国からも補助があった。さらに、事業主体はあくまで第三セクターの冨山ライトレール株式会社であるため、事業者の投資によるものもあった。
 そのため、事業者への助成や市が担当する区間の整備費用など、富山市による純粋な投資額は約17億円だったという。うーん、安い。

●ランニング・コスト(運行費用)
 冨山ライトレール株式会社の2015年度の収支としては、約3億7300万円の収入に対し、約3億5000万円の支出で、黒字だという。ただし、これが黒字になるのは、富山市が「運行事業補助金」として7000万円を補助しているためだ。
 また、その他に、車両と軌道の一部区間は市が保有しており、その維持管理に毎年約1億円がかかるという。
 つまり、市としては年間1億7000万円をかけてポートラムを走らせていることになる。別の言い方をすれば、年間1億7000万円をかけることで運賃を全区間一律200円に抑えているとも言える。
 これをどう考えるか?
 おそらく、運賃が300円になれば、同じ乗客数なら補助金不要だ。しかし、300円なら乗客は減るだろう。そうすれば自然と広告費収入も減ることになる。つまり、公的補助なしで全てを賄おうとすると、路線が成り立たなくなる。かといって、減便などのコストカットをすれば、さらに乗客は逃げ、負のスパイラルに陥ることになる。おそらく、現時点での均衡点が7000万円の補助と、1億円の維持管理費負担なのだ。
 富山市は人口42万人で、一般会計の規模は約1500億円だ。横須賀市は人口40万人で、一般会計の規模は約1400億円。だいたい同じ規模だ。
 このうち1億7000万円をかけて、ポートラムを維持できるなら、それは安いんじゃないだろうか?

(2)セントラム:LRTによる環状路面電車の再生(富山駅南側)
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●イニシャル・コスト(整備費用)
 全体の整備費用としては約30億円だったという。ただし、国庫補助が約13億円あり、富山市による純粋な投資額は約17億5000万円とのこと。うーん、安い。
 これにはカラクリがある。既に富山地方鉄道という会社が富山駅を起点に逆V字型に2系統の路面電車を走らせていた。この逆V字の間に2系統をつなぐ路線を市が敷設して、A字型にした。さらに、このA字の上半分の△の中を環状線として、市が提供した新型車両を走らせた。簡単に言うとこういうことだ。つまり、市がやったことは、(T)逆V字をA字にするための940mの軌道を敷いたこと、(U)できた環状線を専用に走らせる3編成の車両を購入したこと、それだけだ。しかも、この環状線はかつてあった区間で、目新しい発想ではない。

●ランニング・コスト(運行費用)
 運行費用はもっと面白いことになっている。簡単に言うとゼロだ。
 より正確に言えば、富山市が敷いた軌道は富山地方鉄道に有料で貸し付けるが、同額を維持管理費等として富山市が同社に払う。また、環状線分の運賃は同社に入ってくるが、その額が富山市からの環状線の運営委託料代わりとなる。
 路面電車としては全国初の上下分離方式とのこと。ランニング・コスト0で新しいサービスを提供できたわけで、なんともうらやましすぎるスキームだ。しかも、この環状線は儲かっているらしく、富山地方鉄道側は車両をもう1両増やしたいと言ってきているそうだ。

横須賀市への洞察

 ご担当者のお話を私なりに整理すると、富山市は4つの面で恵まれていたと言える。
A)既存路線の設備を活用できた

B)同時期にJR富山駅を高架化する計画があり、併せて整備することができた

C)市長に先見の明があり、富山駅の高架化話が出た際にトップダウンで決断した

D)以前から路面電車があったため、市民の理解があった。新設する宇都宮のような、賛成派と反対派に分かれた政治的対立はほぼなかった。

 翻って、我が市はどうか?
A)「ヨコスカ市電計画」では、既存のJR横須賀線への乗り入れをする構想もあるが、かなり難易度は高いだろう。おそらく、既存設備の活用は期待できず、新設が中心となる

B)久里浜駅前への総合病院建設など都市機能整備を行い、それに併せてJRと京急の連絡通路を整備すれば、結節点としての機能強化となり、乗客増加が見込める

C)市長に先見の明などない。投資のできない、ただのシブチン。首をすげ替えなければ何も動かない

D)かつて市電の路面電車計画もあったが、京急がその計画を埋めた。市民の顕在ニーズはない。加えて車社会化しており、行政主導の公共交通への理解も得られにくい。おそらく、宇都宮と同様の政治的対立が起こるだろう。京急とJRに対しても、乗客の取り合いではなく自動車から公共交通への誘導、というコンセプトを理解頂かないと摩擦を生む可能性あり

 以上、富山市と比べると条件は恵まれていない。非常な困難が予想される。しかし、50年後のこのまちのあり方を考えれば、都市の骨格としての公共交通は重要だ。とりわけ枝と幹で言えば幹となる鉄道の整備は今からでも必要だと考える。
 今後も、構想を実現する方策を温めたい。
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2017年04月27日

【視察報告中編】骨太な舞鶴と、軽薄な横須賀。違いは、市長の差か?

 視察2日目は、「地方創生時代の政策と議会のあり方を学ぶ」 in 舞鶴の追加的視察ツアーに参加した。

 まず、舞鶴引揚記念館に伺い、館長や語り部の方々からお話を伺いながら展示を観覧した。

IMG_3035.JPG 前日の講演の中で北川正恭氏が『岸壁の母』は知っているか? と問いかけたのだが、150人の聴衆の中で知らないのは私ともう一人だけだった。北川氏は「そういう人が政治家をやる時代になったのか……」と驚かれていたが、自分が生まれる前のことであっても政治家は色々なことを知っておくべきなのだろう。
※写真は現地に復元された桟橋→
 ただし、その物語は知らないが、引揚者のことは聞いていた。特に戦後、我が市でも浦賀港が引揚者を受け入れる場所となり、せっかく帰還したにもかかわらずコレラや栄養失調で亡くなった方も多かったと聞いている。
IMG_3034.JPG ところで、舞鶴と浦賀との大きな違いは、浦賀が2年で引揚指定港の役目を終えたのに対し、舞鶴がシベリア抑留者の引揚指定港だったために13年間にわたって役目を果たしてきたことである。これについては、舞鶴にはシベリア抑留に関する様々な史料が残っており、それらを「ユネスコ世界記憶遺産」として登録するために努力し、2015年に晴れて登録された。また、史実をきちんと展示して広めていくためには指定管理者任せではうまくいってなかったため、2012年度より市の直営化し、2015年のリニューアル・オープンにつなげたという。全て、現在の多々見市長の下で行われた改革だが、この原動力となったのが、右の写真にも映っている現在の館長であり、市長に「直訴」して改革を訴えたという噂も聞いた。直営化後、来館者数は減少から増加に転じているという。

 しかし、館長も館長なら、その提案を容れた市長も市長だ。
 文化財の保護や展示にはカネがかかる。引揚の歴史といった地味な内容では、「集客による経済効果でペイする」みたいな上手い話にはならない。300円の入館料では、来館者が1万人増えたところで300万円にしかならない。しかし、市長は、先に述べたような行財政改革で削るべきところは削りながら、引揚記念館には直営化とリニューアルという、金銭的リターンのない「投資」をしたわけだ。やるべきことはやる、という覚悟を感じる。
 なおかつ、「ふるさと納税」の活用もしており、そのあり方にも矜持を感じた。以前、過去記事『佐世保で気付いた「ふるさと納税」の浅薄さ』でも取り上げたように、全国の「ふるさと納税」は、なりふり構わぬオマケ商法大合戦の様相を呈している。しかし、舞鶴市は「ふるさと納税」の使途を引揚記念館による平和教育に限定している。
 もちろん、佐世保市同様に魅力的な地場産品を豊富に持っている舞鶴ならば、魅力的なオマケで寄付をもっともっと「釣る」こともできたはずだ。しかし、舞鶴市は「引揚の歴史をもっと多くの人に伝えたい」という大義を訴えることに主眼を置いている。多少の返礼品は設けているものの、基本的には大義に訴えるマーケティング手法「Cause Related Marketing」の枠をはみ出していない。

 ひるがえって、我が市はどうか?
 「このままじゃ他のまちに吸い取られるばかりだから、うちもオマケ商法に参入します」と「ふるさと納税」の返礼品競争に手を染め、多少は寄付が増えたものの「転出超過」は解消していない。舞鶴市と比べると軽佻浮薄ぶりが浮き立って見える。
 また、我が市にも「浦賀港引揚記念の碑」「浦賀引揚援護局引揚者精霊塔」「供養塔」などはあるものの、どれだけ生涯教育に活用してきただろうか? そもそも、戦争・平和・引揚・庶民の困窮といったテーマにどれだけ向き合ってきたのだろうか?
 本市の現在の博物館のあり方は、近代日本を凝縮して体現してきたこのまちの特異な歴史にふさわしいものなのか? 美術館も法律上は博物館だが、骨太なテーマに向き合いもせずに、背伸びして美術館をつくる必要があったのだろうか? 今からでもそれらの施設を使って、集客とかカネとかそんな話に拘泥せずに骨太なテーマに向き合うのが、このまちに生きる我々の責任なのではないだろうか?
 舞鶴市の生き方を見ると、そんな気がしてならなかった。
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 続いて、舞鶴赤れんがパークをガイドさんの案内で見て回った。
 以前、過去記事『京都府舞鶴市 「赤れんがを活かしたまちづくり」』でも取り上げた通り、過去に一度足を運んだ場所だ。
 当時は、整備したてで、活用もまだ緒に就いていなかった。そのため、当時の視察報告では酷評したが、現在ではかなり有効に活用しているようだった。
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 その後、お昼ごはんにはせっかくだから舞鶴名物の肉じゃがをいただき、自衛隊の海軍記念館と自衛隊桟橋を見学して、2日目の視察を終えた。
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2017年04月25日

【視察報告前編】市長で、市は変わる。〜舞鶴市〜

IMG_3029.JPG 2017年4月18日(火)〜4月20日(木)の日程で、舞鶴市と富山市に視察に伺った。今回は、議会全体や各委員会の方針に沿った公的なものではなく、いわば「自主企画」であり、一議員として、政策判断や政策実現のための材料を得ることを目的としたものである。
 ただし、市民のみなさんの税金である「政務活動費」を、交通費・宿泊費等に使っている。だからこそ、どれだけ意義のある視察だったか、私には説明責任が問われることになる。今後の仕事ぶりで市民のみなさんに判断頂きたい。

 初日は、ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟主催の研修会「地方創生時代の政策と議会のあり方を学ぶ」 in 舞鶴に参加した。

 様々なことを学んだ。しかし、最も痛感したのは「市長で、市は変わる」ということだ。
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 同議連の研修会は例年、前年のマニフェスト大賞受賞者のまちで開催する。そう、昨年の大賞に輝いたのが、多々見良三・舞鶴市長だった。(お写真は舞鶴市ホームページより→)
 正直に言って、昨年の授賞式での数分間のプレゼンテーションを聞いて、「あんまり政治家っぽいオーラのない市長だな。医師として医療の現場をよくわかっている専門家が、地元の医療問題を解決しただけで、基本的には気の優しいジェントルマンなんだろうな」とか思っていた。
 大いなる勘違いだった。今回、じっくりと講演を聞いて、ガラリと認識を変えた。多々見市長は「プロの経営者」だった。

 ピーター・ドラッカーが、『非営利組織の経営』という有名な本を書いている。今回、多々見市長の話を聞いて、この本を思い出した。ドラッカーがこの本の中で、自分が関わった病院経営の事例をひきながら原理原則を説いていたからだ。
 この本を読んだ当時、私は環境NPOに関わっていて、「非営利組織と言えばいわゆるNPO団体」みたいなイメージで読み始めた。ところが、当然のことだが、病院も、学校も、市役所も、PTAも、NPO(非営利組織)なのだ。そう捉えたことがなかったので、「よのなか科」の勉強をサボってきた20代の私には新鮮だった。
 その後、自分自身も転職し、NPO団体の他に、政治家事務所、政党、市役所、と多くの非営利組織に関わってきた。そして、きっとドラッカーの言う非営利組織の経営に必要な原理原則は、どのNPOにも当てはまるのだろうなと思った。むしろ、成熟社会においてはどんどん人間がカネで動かなくなりつつある中、営利組織にすら当てはまるんだろうな、と思った。

 閑話休題。つまり、よくよく考えてみれば、多々見市長は舞鶴共済病院という非営利組織の経営を5年半にわたって担ってきた経営者なのだった。ドラッカーの説くように、経営には原理原則がある。それを、知っている人は、病院だろうが行政だろうが、応用できるのだろう。
 彼の経営判断や経営手法の詳細については省くが、本人の話を聞く限り、多々見市長は「気の優しいジェントルマン」などではない。物腰こそ柔和だが、「創造的破壊者」だ。
 事業仕分け、職員人事評価、単なるコスト削減だけの行革に陥らないスクラップ&ビルド型の予算編成、それを可能にする企画調整と財政運営部署の一本化、ファシリティマネジメント推進など、矢継ぎ早に打ち出してきた。2011年2月の就任だから、同年5月から市議になった私とほぼ同じ6年の間にこれだけのことを実施してきたことになる。
 もちろん、仕組みづくりだけでなく、この間に市内4つの中核病院の連携型経営「統合」や、「舞鶴引揚記念館」の直営化と関連資料のユネスコ世界記憶遺産登録など、具体的な課題でも実績を積み上げてきた。

 これだけの行政経営者もそうそういないものだが、誰が見つけてきたのか? 「地元出身者じゃないから」とか「行政に関わったことない人だから」といった曇った目で見ることなく、経営能力を見初めて引っ張ってきたのは議会の人々だった。前市長が、とりわけ病院問題で舵取りを誤りそうになったとき、議員の多数が当時、当時の多々見院長のところに押しかけ、出馬を要請したのだという。
 このエピソードを聞くと、市長も市長なら、議会もまた議会だと思う。もちろん、議会には執行権はない。執行は市長に委ね、大きな視野で監督するのが議会だ。しかし、市長の執行に問題があれば、ただ市長を批判するだけでなく、より優れた執行トップを見つけてくる。これも、責任ある議会の重要な仕事だと改めて感じた。

 その他、大津市議会「ミッションロードマップ」、福知山市議会「出張委員会、高校生フレッシュ議会」、京丹後市議会「政務活動費の導入経過」、亀岡市議会「子ども議会」、舞鶴市議会「議会活動基本計画」など、様々な先進事例について、当事者から直接説明を伺った。
 以前、過去記事『走り続ける会津若松市議会から凋落の横須賀市議会が学ぶこと』でも、全国の議会改革の潮流についてお伝えした。

 改めて、議会改革は「形式要件」から「実質要件」の改革へ、第2ステージに入っていると感じた。我が横須賀市議会は、この波に乗り遅れてこそいるが、この2年余りの間に板橋衛議長を先頭にして制度整備をしてきた。あとは、中身を積み上げていくだけだ。
 議会として、しっかりと市民の声をカタチにしていく「政策形成サイクル」をまわすと同時に、6月にはまっとうな市長を市民に選んでもらって、市民起点の政策をきちんとした執行に委ね、市民満足を上げていきたい。心からそう感じた。
posted by 小林のぶゆき at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

いよいよ明日4/23(日)13:30〜南教授講演会&よこすか未来会議

KenseiHearing20170423.png いよいよ明日となりました。第4回「市民と議員のよこすか未来会議」。
 →チラシはコチラ(PDF)
 別に、自分たちの支援者向けにやっているわけじゃありません。我々5人に投票してくれた方だろうが、他の方を応援している方だろうが、そんなことは気にせずお越し下さい。
 南教授の話を聞きたいだけでも構いません。議員向けのセミナーなら1人3万円とかで聴講者が集まる南先生。もちろん、今回の内容は議員向けセミナーとは違いますが、「南先生の話は魅力的だけど、研政にはキョーミないしな」という方も、うちの会派の議員は懐広いので、気にせずお越し下さい。

 横須賀市の未来を考える中身の濃い3時間。お待ちしています。
第4回 市民と議員のよこすか未来会議
〜私たちの声は予算にどう反映されたか?〜
※今回も、カフェ形式でじっくりトーク
●日時:2017年4月23日(日)13:30〜16:30
●場所:産業交流プラザ 第一研修室
●申込:不要。参加費無料。どなたでもお越しください
●問合:橋英昭070-2209-3301
posted by 小林のぶゆき at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

4/23(日)13:30〜南教授講演会&「市民と議員のよこすか未来会議」

 →チラシはコチラ(PDF)
KenseiHearing20170423.png 私たちの会派「研政」の政策には、自信があります。それは、「政策のつくり方」に自信があるからです。
 研政では、市民の声を聴きながら、議論を重ねながら、政策を練り上げていきます。5人が普段から市民と接して拾い集めた声に加え、今回の公聴会「未来会議」での声を、実際にいくつもの政策を政策集に盛り込んできました。参加頂いた方はご存じのとおりです。
 そうして練り上げた政策を、市にも政策提言し、議会活動でも活かしています。今回は「それがどの程度反映されたのか?」、ご報告しつつ、更にご意見を伺うもので、こうやって政策づくりのPDCAサイクルをまわしていきます。

 そして、今回は市の施設配置適正化計画検討委員会で委員長を務めた南学教授もお招きし、併せてご講演も頂くことにしました。南先生は、公共施設問題の第一人者として講演や検討委員などで全国を飛び回っている東洋大学教授です。
 横須賀市の課題を誰よりも知り、全国の先進事例も数多く見てきた、専門家。その南先生がいらっしゃる東洋大学に、中央駅前の一等地である児童図書館用地のあり方について研政メンバーで委託調査をしてきました。それは、色々な面で行き詰まりを見せている「施設配置適正化計画」に対して、「こういう解決方法があるんだよ」とモデルとなる方法を示したかったからです。夢のない灰色計画から、「こうすれば施設を減らしても市民満足は上がるよね!」と希望の持てるプランづくりへ、舵を切りたかったからです。

 盛りだくさんの3時間。ぜひ、足をお運びください!
第4回 市民と議員のよこすか未来会議
〜私たちの声は予算にどう反映されたか?〜
※今回も、カフェ形式でじっくりトーク
●日時:2017年4月23日(日)13:30〜16:30
●場所:産業交流プラザ 第一研修室
●申込:不要。参加費無料。どなたでもお越しください
●問合:橋英昭070-2209-3301
posted by 小林のぶゆき at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする